小型球形ウイルス中空粒子の産生と応用

小型球形ウイルス(SRSV)は、現在でも培養細胞や実験動物で増殖させることができず、研究が困難なウイルスのひとつである。しかし塩基配列の解読は着実に進んでおり、ポリメラーゼ領域の塩基配列の比較からSRSVはgenogroupIおよびgenogroupIIに分類されている。1998年7月現在データベースに登録されたSRSV構造蛋白の塩基配列を解析してみると、genogroupI、IIにはそれぞれ少なくとも5種類と7種類の血清型の存在が予想される。

ウイルスの培養ができないことから、病原診断や疫学調査のための試薬が得られにくかったが、現在、組換えバキュロウイルス発現系を用いて、形態的にも抗原的にもネイティブなウイルスと変わらないSRSV中空粒子(Virus-like particle, VLP)の作製が可能になっている。既に米国と英国から合計6種のVLPの報告がある。我々も国内の下痢症患者の糞便材料を用い、PCRでウイルス遺伝子の構造蛋白領域(ORF2)の5'末端から約300bpを増幅し、その塩基配列を解析して遺伝子型を確認した後、VLPとしての発現を試みた(愛知県衛生研究所との共同研究)。現在までにgenogroupIで3種、genogroupIIで5種、計8種のVLPの産生に成功した。精製したVLPを抗原として動物に免疫し、高力価抗血清を作製した(8番目のVLPは免疫中)。抗体測定ELISAで交差反応試験を行った結果、発現した7種のVLPは相互に異なる血清型に属することが明らかになった。この試験において、異なるgenogroup間では血清学的な交差はほとんど見いだされないが、同一genogroup内では交差反応がみられた。

次に、下痢症患者のSRSVに対する抗体応答を調べた。カキ関連集団食中毒の場合には、たとえ同一集団であっても、患者ごとにそれぞれのVLPに対する応答が異なり、かつ複数のVLPに対する抗体上昇が観察された。したがって、原因となった株や血清型を特定することは不可能に近い。カキの中腸腺には多種のSRSVが濃縮されることは既に明らかにされており、免疫応答の多様性は、取り込まれたSRSV血清型の多様性と患者個人ごとの過去の感染免疫状況とを反映したものと考えられる。一方、施設内集団食中毒例では、患者はひとつの血清型に対して抗体上昇を示し、抗体応答は感染ウイルスの型に対し比較的特異的であるようであった。

VLPを用いた血清疫学調査からは、健常日本人は既に2歳代で高い抗体陽性率を示し、特にgenogroupIIに対し高い保有率であること、成人は調べた限りすべてのVLPに対して高い抗体保有率を示し、多種のSRSVが広く国内に浸淫していること、等が明らかになった。今後、SRSV感染を抗体側から確認したり、伝播様式や感染経路を解析するうえで抗体測定ELISAが果たす役割があろう。次年度このキットの提供を計画している。

抗原検出ELISAに関しては、年内には7種のSRSV検出の試作品が完成する予定である。これまでの試験からは、抗原捕捉に用いた高力価免疫血清が同一genogroup内でかなり交差反応がみられるにもかかわらず、実際に検出されるSRSVの血清型は単一で、その特異性は極めて高かった。検出感度は電子顕微鏡と同程度(約107粒子/g)であるため、使用対象が糞便材料に限られること(カキ中腸腺内の極微量のウイルス検出には向かない)、まだ特異性、感度の評価が不十分であるなど課題は多いが、次年度の流行には多くの機関で試験できるように、抗原検出キットの提供も計画している。

国立感染症研究所ウイルス第二部
名取克郎 武田直和

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