The Topic of This Month Vol.19 No.10(No.224)


ジフテリア

ジフテリアは、日本ではワクチン接種の普及に伴い激減し、最近はほとんど発生していない。しかし1990年以降、旧ソビエト連邦では大流行があり、ジフテリアのサーベイランスとワクチン接種の重要性が再認識された。

わが国では厚生省伝染病流行予測調査事業によって、国民のジフテリアに対する免疫状況を監視している。この事業では、全国約10の地方衛生研究所(地研)において、0〜9歳の健常児血清(全体で約1,000検体)について2〜3年に1回ジフテリア抗体を測定し、国立感染症研究所・感染症情報センター予防接種室が全国データを集計する。抗体測定は、マイクロプレートに培養した細胞を使ってジフテリア毒素を中和する抗体(抗毒素)を定量する(Miyamura, K., et al.: J. Biol. Standard. 2: 203-209, 1974)。この調査によって、以下に示すように、わが国ではワクチン接種により小児のジフテリア抗毒素保有率がきわめて高く維持されていることが確認されており、これがジフテリアの発生を抑えていると思われる。

 1.患者発生状況と予防接種の歴史

日本におけるジフテリア患者の届け出数は、1945年には約8万6千人(うち約1/10が死亡)であったが、ここ10年間(1988〜1997年)は33人(うち死亡1)と著しく減少している(図1)。最近では、1992年に秋田県の知的障害児施設で患者2名が発生し、5名からgravis型のジフテリア菌が分離された。患者2名はワクチン未接種であった(IASR Vol.14, No.7, 1993、本号3ページ参照)。また1993年には大分県で臨床診断により2名の患者が報告されたが、いずれもワクチン未接種であった。

わが国のジフテリア予防接種の歴史を見ると、1948年にジフテリア単味ワクチン(D)が、1958年にはジフテリア・百日咳混合ワクチン(DP)が、1968年以降は破傷風トキソイド(T)の加わったDPT が、定期予防接種に採用された。1975年には百日咳菌成分によるDPT接種後の死亡事故があり、定期接種は3カ月間中止された。1981年には改良DPT(百日咳死菌の代わりに精製百日咳菌蛋白を使用)が導入された。さらに1995年4月、新しい予防接種法が実施され、DPT の標準的な接種スケジュールは次のようになった。I期初回接種として、生後3カ月以上12カ月未満の間に3〜8週間隔で3回、I期追加接種として初回接種終了12〜18カ月後に1回注射を受ける。II期接種として、11〜12歳時にDTを1回受ける。

 2.年齢別抗毒素保有状況

年齢別ジフテリア抗毒素保有状況を血清採取年別に図2に示した。0〜9歳について0.08IU/ml以上の抗毒素保有率を見ると、いずれの年も3歳まで抗毒素保有率は直線的に上昇している。1980年においては各年齢で保有率が低いが、これは1975年のDPT定期接種一時中止後の接種率低下による影響と思われる。1988年の抗毒素保有率は0〜1歳で低いが、これは1975〜88年には集団接種における接種開始年齢が2歳であったためであり、7〜9歳で抗毒素保有率が低いのは1980年代前半の低い接種率が影響したためであろう。1994年および1995年の抗毒素保有率の上昇は、1981年に改良DPTが導入され、接種率が上昇したことを示している。1988年12月に厚生省は、DPTは生後3カ月からの個別接種を基本とし、集団接種においても生後3カ月から接種ができることを通知した。しかし、全国的に乳児が接種を受けるようになったのは1995年4月の改正予防接種法実施後のことである。図2で、0〜2歳児の抗毒素保有率が1988〜95年にかけて上昇しているのは、この移行期における乳児の接種率の上昇を反映していると思われる。

 3.接種回数と抗毒素価

1994年および1995年に調査した血清のうち予防接種歴が記載されていた930検体についての接種回数別の抗毒素保有状況を図3に示す。ワクチン未接種者および1回接種者の抗毒素価は大半が0.01IU/ml以下であった。一方、ワクチン接種回数が2、3回になると0.32IU/mlをピークとする分布となる。また、初回接種3回の後に1回の追加接種を受けたI期接種完了群でのピークは0.64IU/mlとなり、2.56IU/ml以上の高い抗毒素価を保有している人の割合も多く見られた。

発症阻止に必要な抗毒素価レベルは0.01IU/mlが指標とされていたが、最近では十分な阻止に必要な抗毒素価は 0.1IU/ml以上との報告がある(Hasselhorn, H. M., et al.:Vaccine Vol.16, No.1, pp. 70-75, 1998)。本調査で0.08IU/ml以上の価を示した割合は、2回接種群では81%、3回接種群では87%、I期追加接種完了群では90%であった。

 4.高年齢者の抗毒素保有

次に、全年齢層の抗毒素保有率(感染研・細菌血液製剤部による調査)について述べる。測定に用いた血清は、感染症情報センター血清銀行保管の1994年採取0〜57歳血清258検体と、中高年齢層50〜99歳血清の209検体(聖マリアンナ医科大学提供)、あわせて467検体である。図4に示すように、13〜14歳ではDTワクチンの追加接種によるブースター効果で、高い抗毒素価保有者が多い。またジフテリア定期予防接種開始前に出生した50歳以上の高年齢群でもジフテリア抗毒素保有率が高い結果であった。わが国では戦中、戦後にジフテリアの流行が報告されており、高齢者における抗毒素保有は感染の既往を示すものと考えられる。しかし50歳以上の年齢で持続的に抗毒素を保有していることは、市中に毒素産生菌が存在し持続的な暴露が起こっている可能性もあり、今後の調査が必要である。

予防は治療に勝る。旧ソビエト連邦では、1990〜95年の間に125,000人のジフテリア患者と4,000人以上の死者が確認されている。これは、この期間に世界中で報告されたジフテリア患者の約90%を占めたが(WHO WER Vol.71, No.33, p.245、1996;本月報Vol.18, No.5外国情報参照)、ワクチン接種の強化により旧ソ連での流行は終息に向かっている。ジフテリアワクチン未接種で海外渡航する若い人には、出発前の接種が勧められる。

国内にジフテリアが無くなると、ジフテリアを診断できる医師がいなくなり、また、菌の分離同定の技術も消える。現在、ジフテリア発生の緊急時に備えて、臨床医の協力を得て、感染研と地研とが共同で、臨床診断、病原診断、治療のための対策マニュアルを作成中である。

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