淋菌の主要薬剤に対する感受性の動向−神奈川県

淋病患者の国への届け出数は、1960年代、70年代には多少の増減はあったものの年間5,000人前後でやや減少傾向にあった。しかし、1977年以来増加に転じ、1984年(約13,500人)をピークに新風俗営業法の施行(1985年)、エイズショックなどの社会的な背景の影響もあり再び減少し、1994年には約1,400人となった。ここ数年は、エイズキャンペーンなどから時間が経過したためか漸増傾向にあり、1997年には約2,300人まで増加した。

当所では、1970年代初頭より京浜地区を中心とした医療機関から淋菌の収集を行っている。年間収集株は1984〜85年をピーク(350株)に減少傾向が続き、1994年には20株となった。それ以降再び増加傾向にあり、届け出数と同様の推移を示している。

これらの収集株約1,900株を対象に(1977年〜1998年3月まで)各種薬剤に対する感受性の変化を調査した。なお、薬剤感受性値測定法(MIC)は、National Committee for Clinical Laboratory Standards(NCCLS)の方法に準じて行った。

ベンジルペニシリン(PC)耐性菌は、ペニシリナーゼ産生リン菌(PPNG)が国内で最初に分離された1977年〜1979年までの3年間に、分離された全淋菌のうちの20%を占め、その耐性株のうちPPNGは23%であり、77%は染色体性の耐性(CMRNG)であった。また、1980年代は耐性率24%、そのうちPPNGが占める割合は69%とPPNGが増加した。1990年〜94年には耐性率15%、PPNGの割合は39%と減少し、1995年〜98年の4年間では耐性率9.7%、PPNGはわずか1.5%を占めるだけとなり、全体にPC耐性株は減少し、特にPPNGが激減した(図1)。

WHOの環太平洋淋菌薬剤感受性サーベイランス(GASP)によると1996年のPC耐性菌は、参加18カ国のうち最も高率に分離されているのがベトナムの98%であり、次いで韓国の90%、中国の82%であった。一方、低い国ではフィジーの4.6%となっている。1994年米国CDCが調査した米国内の淋菌に占めるPC耐性菌の割合は16%で、PPNGとCMRNGの割合はおよそ50%程度であった。β−ラクタマーゼに不安定なβ−ラクタム剤の使用頻度の減少と、これに代わる薬剤の選択が耐性株の減少に関与していると考えられるが、他国に比較しても国内における耐性株の検出頻度は低下している。

セファロリジン(CER)は、β−ラクタマーゼに不安定であるため1970年代に比べ80年代はPPNGの影響を受け1段階MICの上昇があったが、90年代にMIC90は8μg/ml、MIC50は2μg/mlとなり、それぞれ70年代の水準に回復している。

セフトリアキソン(CTRX)はβ−ラクタマーゼに安定な第三世代セフェム系薬剤で、CDCでは淋菌感染症の中心的治療薬としている。わが国では淋菌の治療薬としては保険上適応が取得されていないものの、1995年〜98年のMIC90は0.016μg/ml、MIC50は0.008μg/mlで、80年代から1段階MICの上昇があった。

テトラサイクリン(TC)については、1980年代はMIC90が4μg/ml、MIC50が1μg/mlであったが、90年代には80年代に比べ1段階のMICの低下があった。1985年に米国で報告されたプラスミド性耐性株(TRNG)は、現在までに京浜地区でも3株を分離している。

スペクチノマイシン(SPCM)は、MIC90が32μg/ml、MIC50が16μg/mlと各年代には変化が認められていない。SPCMはPC系薬剤に代わるPPNGの治療薬として、1980年代初頭は使用頻度が高かったが、海外で耐性菌が分離され問題となった。国内でも1986年にはグアムで感染した患者から耐性菌1株が分離された。このような状況もあり、1984年にニューキノロン剤の使用が開始されたため急速に代わっていった。

ニューキノロン剤は代謝的に安定で、組織移行性が良く、泌尿器および生殖器に集中する等の優れた体内動態を示すうえ、経口薬であるなどの理由により、現在でも尿道炎に対する治療薬として最も使用頻度の高い薬剤となっている。当初、合成抗生剤であるため耐性菌が出現しにくいであろうと考えられていた。しかし、予想に反して耐性菌はすぐに出現した。ノルフロキサシン(NFLX)が使用され始めた1984年にはMIC90が0.12μg/mlであり、すでに1.4%に耐性株が分離され、これ以降図2に示すように増加を続け、1997年〜98年までにはMIC90は16μg/ml、耐性率は59%にも達している(図3)。NFLX以外にオフロキサシン(OFLX)、シプロフロキサシン(CPFX)の耐性率も増加し、OFLX耐性株はCPFXにも耐性を示すことから、1994年以降同率となり97年には39%となった。

1993年発売のスパルフロキサシン(SPFX)は、1997年〜98年にはMIC90が8μg/mlとなり、MIC90がNFLX等より1段低いものの、他のニューキノロン剤と同様のMIC分布を示している。

GASPによると、1996年のニューキノロン剤耐性率は、フィリピン66%、カンボジア53%、続いて香港の24%、韓国16%で、わが国と同様高率となっている。米国での本剤に対する耐性率は低く、1994年の調査では0.04%、1995年以降も数件の耐性菌の報告がある程度の低い値で推移している。このため、米国ではニューキノロン耐性株による淋菌感染症を、東および東南アジア地区からの輸入感染症として位置付け、警戒を強めている。

以上のように京浜地区で分離された淋菌のニューキノロン剤に対する耐性率は非常に高く、他の薬剤も念頭に置いて耐性率の推移を考慮した使用が重要と考えられる。また、淋菌の届け出数が増加傾向にあり、使用薬剤の選択と耐性菌増加が起因している可能性も懸念されていることから、今後とも各種薬剤に対する感受性の動向把握が重要となっている。

神奈川県衛生研究所 渡辺祐子 黒木俊郎

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