インフルエンザウイルスA(H3N2)型が髄液から分離された脳炎の1例−千葉市

千葉市における1997/98シーズンのインフルエンザの流行は1998年1月中旬より爆発的に患者数が増加し、2月下旬になって沈静化した。

この期間中に市内の感染症サーベイランス定点や協力医療機関を受診した患者143名の咽頭ぬぐい液(145検体)および髄液(5検体)と、千葉市保健所により採取された集団発生患者8名のうがい液(8検体)から、あわせて76株のインフルエンザウイルスが分離され、そのすべてがA(H3N2)型であった。

このうち、千葉市立海浜病院で脳炎・脳症と診断された患者5名から採取された咽頭ぬぐい液7検体、および髄液4検体から4株(咽頭ぬぐい液より3株、髄液より1株)のA(H3N2)型が分離され、うち2株は同一患者の咽頭ぬぐい液と髄液からであった。なお、MDCK細胞と並行してHEp-2細胞でもウイルス分離を試みたが陰性であった。

髄液よりウイルスが分離された患者は他の4名より重篤な症状を呈し、深昏睡状態にまで至った。本症例の臨床症状および経過を以下に示す。

 症例:2歳6カ月、男児
 主訴:発熱、痙攣、意識障害
 家族歴:父、弟に先行する感冒様症状あり
 既往歴:熱性痙攣(−)
 予防接種歴: BCG、ポリオ、 DPT、麻疹、風疹は接種ずみ、インフルエンザは未接種
 現病歴:1998年1月12日の夜に軽度の咳嗽、鼻汁が出現し、13日午前より微熱を認めた。近医を受診し、感冒と診断され抗生剤を処方された。14日未明に38.8℃に発熱したため午前中に近医を再診し、解熱剤を挿肛され帰宅した。帰宅後、茶色泥状下痢便を1回認めたが、全身状態は良好であり昼食を摂取した。11時30分頃より20分間ほどの悪寒を認めた後入眠。12時5分、1分間のチアノーゼを伴う強直性痙攣あり。その後も意識の混濁は続き、眼球上転を認めたため、13時に救急車にて千葉市立海浜病院外来を受診した。

 入院時現症:体温40.3℃、意識レベルJapan Coma Scale II-30、瞳孔φ4mm・不同なし、対光反射正常、深部腱反射消失、項部硬直なし、チアノーゼなし、呼吸数60/min、心拍数 180/min、胸腹部に異常所見を認めず

 入院時検査所見:血液検査;WBC 7,700/mm3 、Plt 15.9×104/mm3 、Ca 8.7mg/dl、血糖305mg/dl、GOT 112U/l、 GPT 50U/l、CRP 0.2mg/dl。髄液検査;細胞数1/3、蛋白12mg/dl、糖162mg/dl、Cl 128mEq/l。頭部CT;軽度の浮腫あり。脳波;不規則な高振幅徐波あり

 経過:脳炎・脳症を疑い、グリセロール、フェノバルビタールの投与を開始した。しかし、脳波は全般性徐波が続き、18時30分には意識レベルがJapan Coma Scale III-100に低下した。20時45分、突然呼吸停止したために直ちに人工呼吸器管理を開始したが、自発呼吸はなく、瞳孔は散大し対光反射も消失した。15日には深昏睡状態になり、脳波も平坦化した。ABR も反応はなく、現在も深昏睡状態が続いている。なお、入院時に採取した咽頭ぬぐい液および髄液からインフルエンザウイルスA(H3N2) 型が分離されたこと、また、同ウイルスに対するCF抗体価が4倍以下(1月14日)から8倍(2月2日)と有意な上昇を認めたことより、同ウイルスによる脳炎と診断した。

千葉市環境保健研究所
田中俊光 北橋智子 山本多喜子 長谷川修司
千葉市立海浜病院小児科
星野 直 玉井和人 黒崎知道

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