マイコプラズマ肺炎の診断と治療

はじめに:現在ヒトより分離されている14種のマイコプラズマの中で、ヒトに病原性を有すると思われるものはMycoplasma pneumoniae(M.pneu.)、Mycoplasma hominisMycoplasma genitaliumUreaplasma urealyticumなどが挙げられているが、この中で病原性が確立されているものは、M.pneu.であり小児・学童・若年成人などの上気道炎・気管支炎・肺炎などの急性呼吸器疾患の病原体として高率に分離されている。

M.pneu.肺炎は一般的に感染後約10〜14日間の潜状期間の後に発熱、咳嗽などの症状をもって発症し、多くは比較的軽微な臨床経過をとるが、ときとして頑固な咳嗽を主とした症状の遷延化や、広範囲な陰影の出現による呼吸不全などの重篤化を呈する症例や、気道以外の臓器への合併症を惹起する場合もある。その治療に対してはβ−ラクタム系の抗生剤が全く無効なこともあり早期診断とマクロライド系(ML)、テトラサイクリン系(TC)やニューキノロン系抗生剤の有効な薬剤の早期投与が病状の遷延化や流行の防止につながる。以下、マイコプラズマ肺炎の診断と治療について簡単に述べる。

診断M.pneu.肺炎の診断には従来より病原体の分離培養法、直接蛍光抗体法および血中抗体測定法などが用いられてきたが、近年、Polymerase chain reaction(PCR)法によるM.pneu.のDNA(M.pneu.DNA)検出が試みられている。

1)マイコプラズマの分離同定について

M.pneu.が咽頭・気管支・肺から分離されればM.pneu.感染と診断され得る。患者の咽頭・喀痰より得られた検体をPPLO培地(寒天、液体および重層培地)に接種し、37℃にて7〜10日間培養し、寒天培地の場合、コロニー確認の後クローニングを行い、M.pneu. の生物学的性状(赤血球吸着能、溶血能など)を利用し同定を行い、最終的にはM.pneu.の抗血清を用いてのディスク法(paper disc diffusion法)によって同定する。

診断法としてはM.pneu.が同定されれば間違いないが、特殊な培地が必要であること、培養・同定に日時を要し煩雑であることなどより、限られた施設において行われている。

2)血清学的診断について

血清診断が臨床的によく用いられる。一般にウイルス、マイコプラズマ感染症では、感染後経過とともに各種の抗体(IgM、IgGなど)が産生される。従って診断には、急性期および回復期のペアー血清による抗体価の推移を調べその有意上昇(通常は4倍以上)をもって診断する。血清診断法としては、一般的には補体結合反応(CF,主にIgG測定)、間接的赤血球凝集反応(IHA、主にIgM、IgG測定)が用いられているが、その他にも代謝阻止反応(MI、主にIgM測定)などが用いられている。方法により感度の違いがみられることもあり、確実な診断を得るのが困難な場合もあるため、2法を併用することも必要な場合がある。なお、シングル血清はCFで64倍以上、IHAで320倍以上を陽性として診断する。血清診断法の問題点としては、ペア血清による場合1〜2週間の日時を要すること。また、乳幼児からの採血の問題など早期診断が困難なことである。また、他のウイルス感染などによる血清学的既往反応による抗体価の変動がみられる場合もあり、慎重な診断が要求される。

直接的蛍光抗体法(DFA)は咽頭ぬぐい液の抽出液をアセトン固定後FITC標識抗マイコプラズマモノクローナル抗体を作用させ、蛍光顕微鏡にて検鏡する方法である。本方法は迅速に結果を得ることができるが検出率にばらつきがみられ、特異性にも問題があり、検出感度がやや低いようである。

近年、M.pneu.感染症の早期診断を目的としてPCR法による咽頭からのM.pneu.DNAの検出法が開発されている。PCR法は高感度で数時間で結果が得られることより臨床的に有用性が高い診断法である。またPCR法はM.pneu.の検出とともに他のヒト由来マイコプラズマの同定も可能である。その他に流行株のM.pneu.株特異性や抗生剤治療中のM.pneu.の検出や抗生剤への耐性因子の検討も可能である。PCR法の問題点は商品化がまだなされていないこと、診断技術の標準化がなされていないことで、コストの問題が解決されれば有用なM.pneu.感染症の確実な迅速診断が可能な方法である。DNAプローブ法もヒト・動物のマイコプラズマ感染症の早期診断に用いられているが、感度がややPCR法に劣ること、一般検査室ではまだ行わないところに問題がある。

治療:マイコプラズマは細菌学的特徴として細胞壁を有せず蛋白質・脂質・リン脂質よりなる3層の限界膜を有する。従って細胞壁に障害を与えて抗菌作用を有する細胞壁合成阻害剤としてのβ−ラクタム系(ペニシリン系セフェム剤)抗生剤には感受性を示さず、蛋白合成阻害剤としてのML系抗生剤やTC系抗生剤、ニューキノロン系抗生剤に高感受性を示すという特徴をもっている。M.pneu.肺炎の治療は抗生剤による化学療法と、咳嗽、発熱などの臨床症状への対症療法が主体となる。

M.pneu.肺炎は細菌性肺炎に比較して一般的に重篤な経過をとることは少ない。本症の治療においての問題点のーつは、本症の確診が得られるまで日数がかかる場合が多く、疑診にて治療を行わねばならないことである。化学療法の一般的な方法としてはM.pneu.に対する感受性よりエリスロマイシン(EM)、ロキタマイシン(RKM)、ミオカマイシン(MOM)、ジョサマイシン(JM)、クラリスロマイシン(CAM)、アジスロマイシン(AZM)などのML系抗生剤とミノマイシン(MINO)、ビブラマイシン(DOXY)などのTC系抗生剤が第一選択剤として実際の治療に用いられる。これらのうち、ML系抗生剤は強い抗菌作用と高い肺内移行を有し、特にAZMはin vitroにおいては他剤よりも強い抗菌作用を認めるが、今のところ本邦においては未承認薬剤となっている。一方TC系抗生剤はlong activeで少ない投与回数で十分な治療効果が得られる。ただ問題点としてTC系抗生剤は乳幼児・学童ヘの使用が副作用の面より難しいことである。また、MINO、DOXYは薬事法上マイコプラズマ感染症に適応が取られていない。

M.pneu.肺炎の治療の問題点は以下の通り。(1)どの時期にどの抗生剤を選択するか:前述のように診断に時間を要することより慎重な化学療法の導入が必要である。(2)M.pneu.に強い抗菌力を有する抗生剤の中でどの薬剤を選択するか:M.pneu.は抗菌剤の投与にもかかわらず長期間にわたり気道上で増殖を繰り返すことが知られている。臨床治療成績よりみてM.pneu.の除菌作用はML系よりTC系抗生剤、特にMINOの除菌作用が強く、投与3〜5日で気道上から除菌することが可能である成績を得ている。しかしながら新しいML系抗生剤のCAMやニューキノロン系抗生剤もかなり強い除菌効果が認められた報告もみられる。(3)化学療法の治療はどこまで行うか。いわゆるエンドポイントはどの時期か:M.pneu.肺炎の治療を行う際、胸部X線陰影は改善し炎症反応も陰性化しているにもかかわらず、長期にわたり咳嗽が持続することが多くみられる。抗生剤の投与をどこで中止するか判断に迷うことがあるが、気道上のM.pneu.の除菌効果をあげる意味で一般には胸部X線の改善後、なお1週間位の化学療法を行う必要がある。(4)M.pneu.の薬剤耐性化の問題:薬剤耐性M.pneu.の報告は少ないが、ML系抗生剤のEM、JMについての報告がみられる。TC系抗生剤には耐性は認められていない。

医療法人泉川病院長 泉川欣一

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