牧場牛舎における腸管出血性大腸菌O157:H7感染例について−富山県

1997年6月20〜22日、富山県内小杉町に住む2歳の女児(A)と入善町に住む2歳の男児(B)が下痢、腹痛、血便などで医療機関を受診した。検査により、大腸菌O157が検出された旨の届出があった。両患者は6月15日11〜15時、一部観光に開放されているN牧場を別々に家族と訪れ、レストハウスで食事をしたり、同牧場にある4棟の牛舎のうち、牛舎1(1〜8カ月齢の子牛育成舎)に入り、子牛や鉄柵に触れたことが判明した。他に患者AとBに共通の接点はなかった。また、患者Bには指しゃぶり癖があった。6月8〜30日の間、N牧場レストハウス利用者(1,200名以上)はもちろん、この時期富山県で他に大腸菌O157感染者の届出はなかった。

保健所では患者接触者とレストハウス従業員計151名の糞便、レストハウスの食材(肉、アイスクリーム等)、飲料水計13件、レストハウスや牛舎1のふきとり84件について、家畜保健衛生所では牛舎1〜4に収容されていた牛 240頭(うち子牛80頭)の糞便について菌検索を行った。その結果、大腸菌O157は牛舎1の床ふきとり(C)、同牛舎の子牛55頭中の1頭(D)、患者が立ち入ってない牛舎2〜4の牛185頭中の子牛1頭(E)から分離されたが、その他からは分離されなかった。分離菌5株(A〜E)はすべてVero毒素VT1、VT2およびeaeA遺伝子を有し、生物型3、ファージ型1であった。また、全株とも約3と65Mdのプラスミドを保持しプラスミドプロファイルは同じであった。プライマーAP45を用いたRAPD PCRでも、同じサイズのDNA増幅像が認められた。薬剤感受性を調べると、5株すべてが61種の薬剤に感受性、25種の薬剤に耐性であった。A〜E株は昨年全国で分離された代表的な5菌株にくらべてさらに13剤(ペニシリン系7剤、テトラサイクリン系3剤、その他3剤)に対する耐性を獲得していた。パルスフィールド電気泳動像(PFGE)はXbaI使用の場合、菌株B、C、D、Eは同じか、極めて類似のパターンで、AとB〜Eは基本的に似ているが、Aではマイナーのバンドである約390kbのバンドがなく、330kbのバンドがある点でB〜Eと異なっていた(図1)。SpeI使用の場合にも、菌株B〜Dは同じか極めて類似のパターンで、AはB〜Eとは少しだけ異なっていた。患者Aの菌分離平板は既になかったので、他のコロニーを調べることは出来なかった。そこで分離後14〜18日室温放置された菌株DとEについて再分離し、それぞれ44、43個のコロニーを釣菌し、XbaI処理後、再度PFGEを実施した。その結果、菌株Dは7コロニー(16%)、菌株Eでは1コロニー(2%)にパターンの変化がみられた。菌株AとB〜Eの差は約390kbのDNA 断片でみられるが、菌株D、Eとその変異株の差も変異8コロニー中5コロニーにおいて同じ約390kbのDNA断片で認められた。ハイブリダイゼーションでは、VT2遺伝子はこのDNA 断片に認められず、約500kbのDNA 断片に認められた。このような結果は菌株Dが腸管内で菌株Aに変異することがあることを示唆する。

N牧場では、感染予防のため、乳酸菌投与による保菌牛の除菌処置、手洗い施設と踏み込み消毒槽の充実、来場者に対する注意事項の掲示、職員に対する衛生教育の徹底並びに生産、ふれあい、飲食の各ゾーンの分離等の対策を実施した。

この事例では、患者AとBは同じ時間帯に同じ牛舎に入った疫学的事実、菌株A、B、C、Dは変異しやすい性質から生じたと思われるわずかなPFGE像の差を除き多くの分析法で一致した事実より、患者AとBは牛舎1で建物あるいは子牛に触れて原因菌を手に付着させ、指しゃぶり癖等により口に運び感染したと推定される。

富山県衛生研究所
刑部陽宅 平田清久 田中大祐 北村 敬
黒部保健所 園家敏雄 島田賢三 飯田恭子
小杉保健所 布野純子 木屋 昭 加藤一之

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