老人保健施設内で集団発生したSRSV感染症に関する調査報告−秋田県

冬季に多発する小型球形ウイルス(SRSV)による集団下痢症は、一般飲食店で二枚貝等の食品によって媒介されるケースがほとんどであり、対策もそれを想定して講じられることが多い。一方、特定の施設内で発生するケースは頻度こそ少ないものの、一度発生すると容易に大規模事例に発展する危険があるため特別な注意が必要である。特に、介護を伴う施設等における感染経路は必ずしも食品による媒介とは限らず、人から人への直接感染によって拡大する可能性もあるため、食品衛生のみを念頭に置いた対策では不十分なこともある。今回我々が報告する事例は、まさにこうした施設内発生事例の実態を浮彫りにするとともに、今後増え続けると思われる老人保健施設における衛生管理に関して貴重な情報を提供できるものと考えられる。

秋田県内の某老人保健施設(入所者96名、介護職員30名)で最初の患者が発生したのが1997(平成9)年2月初頭であり、それからほぼ3週間にわたって入所者や介護職員の間で嘔吐、下痢、発熱を伴う患者が持続的に発生した(表参照)。当初は食中毒を疑ったものの原因菌は検出されず、ウイルス性の感染症を想定して患者糞便6検体、同嘔吐物3検体を検査したところ、それぞれ1検体(糞便と嘔吐物は別人由来)からRT-PCRによりSRSVが検出された。また、両者をSSCP法で比較したところ同一のパターンであった。 PCRのプライマーとしては、トロント株由来のouter primerと当所でクローニングした由利株から作製したinner primerによるnested PCRを用いた。さらに、今シーズンの他の散発例からクローニングしたDNA断片を複数混合したものをプローブとしたサザンブロットにより最終確認を行った。しかしながら、現在最も普及していると思われるプライマーである35/36と81/82を用いたnested PCRでは検出できなかった(最近の事例では35/36系のプライマーが無効であるケースが増えていることが当所の調査でわかっているが、そのことについては別の機会に論ずることにする)。

患者の摂食状況を調べると、発症した入所者46名は施設内の給食を食べているものの、介護職員8名のうち7名は弁当を持参している。介護に関わらない職員(医師、看護職員、事務職員)も入所者と同じ給食を摂っているが発症はしていない。なお、発生期間中の検食について前述のPCRによる検査を試みたもののウイルスは検出されなかった。次に発症した介護職員の勤務状況を調べると、8人中5人が症状があるにもかかわらず出勤していた。また、施設は身体障害棟、痴呆棟、および普通棟からなるが、介護職員は各棟専従ではなく交代制である。患者はすべての棟、部屋で不規則に発生している。以上の状況から、本事例は食品を介したいわゆる食中毒様事例とは性質が異なり、介護中に手指の接触を通して直接ウイルスが伝染し、さらに糞便や嘔吐物の処理中における感染等の悪循環を通じて施設内に拡大していったものと考えられる。

本事例は、SRSVによる集団発生としては異例の長期間にわたって患者発生が持続した。施設内での給食等の食品衛生について注意を払うのは当然であるが、本事例のように人から人への感染も現実に起こり得るので、適切に対応する必要がある。最後に、本事例において本県の管轄保健所が施設に対して行った指導内容を抜粋するので、他の介護を伴った福祉施設でも参考にされたい。

1.介護職員および入所者(自分で出来る人)の個人衛生に注意すること(食前の手洗い、うがい、排泄後の手洗い)。
2.午前、午後、各1回程度の換気をすること。
3.使用した紙おむつは、床に置かず、すぐにビニール袋に入れること。
4.吐物、排泄物は感染源と考えて処理すること。
5.処置時、ゴム手袋使用のこと。
6.デイサービス利用者と入所者の接触を当分の間、断つこと。
7.面会者、デイサービス利用者には帰る時、手洗いの励行をしてもらうこと。
8.新たに患者が発生したら報告すること。
9.介護職員は入所者1人の処置が終わったら手洗いをして次の入所者の介護に当たること。
10.手洗いの方法について看護職員からデモンストレーションを受けること。
11.介護者は看護職(衛生の専門職、今回発症者ゼロ)と共同対応をすること。
12.異常を感じたらすぐに介護、看護、医師、事務が連携をとること。
13.保健所は、健康問題に関する相談は何時でも応じるので連絡すること。

秋田県衛生科学研究所 斎藤博之 八柳 潤 佐藤宏康 宮島嘉道
秋田県福祉保健部医務薬事課 鈴木紀行
前秋田県衛生科学研究所   森田盛大

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