最近経験した広東住血線虫症2例と本邦における本症の発生状況

影井(1993)が本月報Vol.14、222-223 ページにおいてすでに述べているように、広東住血線虫は人に感染すると重篤な好酸球性髄膜脳炎を惹起するため、台湾やタイ等の東南アジアや太平洋諸島においては人畜共通寄生虫として公衆衛生学的に極めて重要である。わが国においては1969年に沖縄で患者が初めて見いだされ、その後、沖縄県はもちろん、本土の各地から症例が報告されている。筆者らの文献的調査では、国内感染例はここに述べる2症例を加えて本年3月末現在で合計35例となり、その他に国外で感染し国内で診断され、治療された症例が2例(表1の症例7と30)見られる(表1)。

以下に最近筆者らが経験した広東住血線虫症(表1の症例36と37)の2例を簡単に紹介する。

症例36は静岡県清水市の1歳8カ月の女児で、軽度の発熱、嘔吐、斜視、顔面神経麻痺等の症状を示し、髄液(50%)と末梢血(27%)に好酸球増多が認められ、また、頭部のMRI で肥厚性髄膜炎の所見が認められた。発症後1カ月くらいから解熱傾向を示し、症状も軽快したので53日後に退院した。本症例は免疫電気泳動法、dot-ELISA 、Western blotting、inhibition ELISA等で広東住血線虫抗原に陽性反応を示した。

症例37は東京都在住の17歳の高校生。沖縄への修学旅行から帰京後に発熱、手足の痺れ、頭痛、嘔吐、意識混濁、見当識障害、項部硬直、ケルニッヒ徴候陽性、知覚過敏等の症状を呈し、髄液(65%)と末梢血(29%)には好酸球増多が認められるとともに、髄液には蛋白の増加が認められた。本症例も頭部MRI で髄膜炎の所見を示したが、約40日間の入院で症状が軽快し退院した。本症例も、Ouchterlony 法、向流免疫電気泳動、inhibition ELISA等の免疫血清学的検査で陽性であり、診断が確定した。

広東住血線虫症の診断には髄液中に虫体を確認するのが最も確実であるが、これは一般に困難で、国内症例で虫体を確認できたのはわずかに一例(症例20)に過ぎない。また沖縄では眼球内に虫体を認め、高度な視力障害を示した眼型の症例(症例26)もある。本邦における本症の感染源としてはアフリカマイマイ、アジアヒキガエル、ナメクジ等が知られているが、表1に示すように、今回の2症例を含めて約半数の症例で感染源が不明である。また、1970年代までは沖縄での症例が多かったが、最近では本土における症例が増加している。全国各地のネズミや軟体動物に本種の寄生が見いだされているので、わが国の何処ででも本虫に感染する可能性がある。本症には特効的な治療薬は知られていないが、幸い余程の重症感染でない限り致命的でなく、対症療法を行えば予後は一般に良好である。これは人が本虫の非固有宿主であるため、脳で幼若成虫にまでは発育しても早晩死滅するからである。

秋田大学医学部寄生虫学教室 吉村堅太郎

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