自由生活性アメーバNaegleria fowleriが分離された本邦初の原発性アメーバ性髄膜脳炎の症例

自由生活性アメーバによる髄膜脳炎はわが国では4例の報告があるが、いずれも患者の死亡後にアメーバが認められており、嚢子の存在や抗体検査などによりAcanthamoeba属、あるいはLeptomyxid属のアメーバと同定されている。今回患者の存命中に髄液よりアメーバを検出分離できた症例について報告する。

症例患者は25歳、女性(独身)、食品加工工場の事務員をしていた。住居も勤務先も鳥栖市にある。既往歴には特記すべきものはない。1996(平成8)年11月17日より熱があり、18日には会社を休んだ。19日38.3Cの発熱と頭痛があり、嘔気、嘔吐を伴った。近くの診療所で感冒との診断で投薬を受け帰宅した。翌20日体温が39.3Cに上昇し、頭痛と悪寒が一段と著明になったため、同じ診療所に観察のため入院し点滴を受けた。

21日早朝体温が再び39.3Cになり、意識混濁を来したので、髄膜炎の診断のもとに、久留米大学病院救命救急センターICUに搬入された。搬入時の体温は37.5C、呼吸、脈拍、血圧は正常範囲、瞳孔は両側縮瞳、昏眠状態で呼びかけに反応するが話はできなかった。頭部、胸部、腹部の単純X線検査上異常なし。頭部CT像は、高度な浮腫による脳室狭小化を示した。脳脊髄液は清明だが、血性で好中球多数、細胞数 1,500/mm3 、蛋白質 431mg/dl。病院病理部で沈渣にアメーバ様の細胞を指摘されたが治療は細菌性髄膜炎として続行された。

22日当教室に寄生虫学的検査依頼があり、病理部の標本に大型の細胞を認め、新鮮髄液中に室温でも偽足を出して活発に運動する多数のアメーバの栄養型を認めた。(原発性)アメーバ性髄膜脳炎と診断が確定するも、患者は脳波が平坦化し、脳死状態になった。以後、保存的治療が続行され、11月27日(第9病日)午前中に患者は死亡した。

病理解剖時脳は半球の形状を保てない程軟化していた。脳底部は特にひどく、嗅球や動脈輪が容易に識別できない状態であった。組織所見で中枢神経系にアメーバ栄養型を認めるが、他の組織には認めず。アメーバと脳組織の間には空隙が認められた。アメーバは血管周囲に集簇しているが出血像は認められていない。その他には腸管粘膜下層に膠原繊維の増生、脾腫大そして胸腺の残存が所見としてあげられる。

分離培養されたアメーバの栄養型は葉状、指状あるいは噴出型の偽足を出して活発に運動する。棘状の偽足は認めない。嚢子型はほぼ球形で薄く単層で明瞭な嚢子壁を有する。そして最大4本の鞭毛を有する鞭毛型が得られ、形態上N.fowleriと同定した。その他生育可能温度の上限が43〜44C、マウスに経鼻的に感染し、致死的であり、感染マウスからアメーバが分離された。さらにPCR 法による検索によりN.fowleri 特異的な予想されるPCR 産物が得られた。臨床像も経過の進行が電撃的であるという特徴を示している。

N.fowleriは河川、湖、池や水たまりに自由生活をしており、水浴や温泉浴の機会に経鼻的に脳に侵入し感染する。しかしながら、本症例では家族や友人から過去1月以内における海外渡航歴、野外や温水プールでの水浴、温泉入浴、24時間風呂使用等の感染機会に関わる事実は聴取できなかった。N.fowleriによる原発性アメーバ性髄膜脳炎本邦初の報告例である。早期に診断し治療すれば治癒した例もあるので今後注意を要する。

久留米大学医学部寄生虫学講座 福間利英

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