塩釜〜多賀城地区は宮城県の沿岸に位置しており今回の震災に伴って大きな被害をうけたが、当院の細菌検査室は地下に設置されていたため被害が比較的軽微にとどまり、急性期から細菌検査機能は維持できている。いくつかの周辺医療機関は機能が大きく低下したことから当院にも多数の患者が集中し、被災数日後から呼吸器感染症患者も急増している。市中肺炎を中心としたこれらの症例に関する細菌学的検査の結果をみると、いくつかの点で平常時とはかなり違うパターンを示していることが判明したため被災後3週間までの暫定的な情報を提示する。
この3週間に喀痰検査を施行した喀痰検体においては、肺炎球菌、インフルエンザ菌、モラキセラの3菌種が平常時と比較して異常に高率に分離されており、とくにインフルエンザ菌およびモラキセラの分離件数が極端に増加しているのが特徴的である。3/12〜4/1の3週間における3菌種の分離状況を2007年以降の5年間で比較した成績を表1に提示する。なお検討対象が喀痰であるため菌株ほぼ全例が成人例から分離されたものとなっている。
この期間に当院を受診した市中肺炎症例のなかで喀痰培養を施行できた70例に関してみると、肺炎球菌17株、インフルエンザ菌26株、モラキセラ24株が分離されている。ほとんどの菌は不適切痰以外から2+以上で分離されており、またグラム染色でも好中球の貪食像が確認されていることから単なる保菌ではなくて起炎菌である可能性が高いものと考えられる。また70症例中のその他の推定起炎病原体としては、インフルエンザウイルス3件、クレブシエラ1件、大腸菌1件、結核1件が確認されている。
これらの3菌種に関する抗菌薬感受性を当院の平常時の菌株と比較すると(表2〜4)、まず肺炎球菌に関してはペニシリン感受性株が明らかに増加しており、マクロライドやテトラサイクリン感受性も明らかに改善している。インフルエンザ菌もペニシリン感受性は改善しており、とくにこの間βラクタマーゼ産生株は1株も分離されていない。一方では大幅に分離率が増加しているモラキセラに関しては抗菌薬感受性の明らかな変動は認められていない。なおこれらの菌株の抗菌薬感受性はディスク法によりCLSIの基準に基づいて判定を行っている。
患者背景をみると当院の本来の診療圏である塩釜市、多賀城市、利府町、松島町、七ヶ浜町および仙台市の一部からの症例が被災後も大多数を占めており、また被災後の生活スタイルとしては避難所由来の患者が半数程度、自宅由来の患者が半数程度となっている。正確な分析は現時点では困難だが、患者の年齢幅は28〜98歳(平均74.6歳)であり、患者の年齢構成や基礎疾患保有状況に関しては平常時と比較して大きな変動は認められていない。特定の地域や避難所に偏った分布は示していないことから今回の現象は少なくとも限局的なアウトブレイクというよりはある程度の普遍性をもった現象であるものと推測される。4月7日現在では依然としてほぼ同様の状況が継続しており、明らかな収束傾向は認められていない。
表1 喀痰検体からの3菌種の分離状況
|
2007
(3/12〜4/1)
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2008
(3/12〜4/1)
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2009
(3/12〜4/1)
|
2010
(3/12〜4/1)
|
2011
(3/12〜4/1)
|
肺炎球菌 |
21
|
16
|
24
|
22
|
25
|
インフルエンザ菌 |
13
|
13
|
8
|
5
|
31
|
モラキセラ |
3
|
7
|
6
|
1
|
32
|
喀痰検体総数 |
150
|
180
|
108
|
129
|
145
|
表2 肺炎球菌の抗菌薬感受性率
抗菌薬 |
2007年度
|
2008年度
|
2009年度
|
|
ABPC |
51
|
57
|
50
|
80
|
PIPC |
48
|
51
|
49
|
80
|
CEX |
58
|
58
|
58
|
90
|
CTX |
100
|
99
|
99
|
100
|
EM |
29
|
24
|
26
|
40
|
CLDM |
53
|
52
|
55
|
80
|
MINO |
42
|
39
|
37
|
60
|
LVFX |
95
|
93
|
91
|
100
|
表3 インフルエンザ菌の抗菌薬感受性率
抗菌薬 |
2007年度
|
2008年度
|
2009年度
|
|
ABPC |
84
|
82
|
90
|
100
|
PIPC |
86
|
83
|
90
|
100
|
CEZ |
19
|
15
|
21
|
12
|
CTM |
45
|
44
|
42
|
62
|
CTX |
99
|
98
|
99
|
100
|
EM |
7
|
3
|
5
|
0
|
MINO |
94
|
97
|
97
|
100
|
LVFX |
100
|
99
|
100
|
100
|
表4 モラキセラの抗菌薬感受性率
抗菌薬 |
2007年度
|
2008年度
|
2009年度
|
|
ABPC |
2
|
2
|
2
|
0
|
PIPC |
2
|
2
|
2
|
0
|
CEZ |
93
|
88
|
94
|
94
|
CTM |
100
|
100
|
100
|
100
|
CTX |
100
|
100
|
100
|
100
|
EM |
97
|
92
|
95
|
100
|
MINO |
100
|
100
|
100
|
100
|
LVFX |
100
|
100
|
100
|
100
|
|