国立感染症研究所 感染症情報センター
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被災地・避難所の感染症対策における衛生昆虫の問題点

2011年6月2日現在
国立感染症研究所昆虫医科学部

はじめに

 東北地方太平洋沖地震によって発生した津波は、福島県、宮城県、岩手県、青森県など太平洋沿岸の多くの地域を襲い、4県合わせた被災面積は約400km2に達しました。地表面に存在したほぼ全ての構造物を押し流し、その結果として、想像を超える瓦礫の山が形成されました。この津波被害で特徴的な点は、漁港周辺において、多数の海産物の冷凍貯蔵施設が破壊され、推定数千トンの魚介類が津波によって内陸地域に押し流され、また、相当量の魚介類が冷凍庫内で腐敗したことです。これら腐敗した魚介類を好んで餌とするハエ類が大発生し、5月中旬から大きな問題となりつつあります。このような自然災害において、初夏から晩秋にかけて、衛生昆虫類がどのように発生し、実際、感染症の発生に関わる可能性があるのかを以下に概説します。

被災地における衛生昆虫類が伝播に関与する感染症の正しい理解
(1)ハエ類
 ハエ類には、瓦礫の中の生ゴミ、津波で広範に押し流された魚介類、有機物の多いヘドロ、打ち上げられた海藻、動物の排泄物や死体等に発生する種類がいます。今まで、ハエ類の大量発生の報告は、東京湾沖合のゴミ廃棄場であった夢の島でのイエバエ、東京湾沖合の埋め立て地のヘドロから発生したハマベハヤトビバエ、牡蠣殻から発生したセトウチハヤトビバエ、腐敗した海藻類から発生したハマベバエなどが知られていますが、これらのハエ類が直接感染症の原因となったとの報告はありません。また、動物の死体や排泄物、生ゴミ、腐敗した魚介類などからは、キンバエ類、クロバエ類、ニクバエ類が発生しますが、今回の災害においては、腐敗した魚から多数のクロバエ類が発生しています。しかし、これらのハエ類は人の居住空間にはあまり侵入せず、屋外で活動する習性があります。一方、人の生活に密接に関わって行動するハエとして、イエバエが知られています。養豚場、牛舎、鶏舎などの畜産施設の堆積された排泄物に発生する種類で、家屋内に侵入する性質があり、歴史的にも多くの感染症の媒介に関わっていたことが知られています。実際、我が国の腸管出血性大腸菌O157の伝播にも関わっていたとの報告があり、牛舎や屠畜場周辺で採集されたイエバエから、原因となった病原菌が分離された例があります。その意味で、最も感染症との関わりが深い重要なハエであるといえます。しかし、5月上旬に宮城県の被災地で採集されたハエ類に、イエバエは見つかっておらず、6月の現地調査で活動の実態が明らかとなると考えられます。

避難所で注意すべき点
  • 避難所の屋外で炊き出しを行う場合、ハエ類が食品に止まらないように、蠅帳、大型の蚊帳などを施設に設置し、また、可能な限りハエ類の防除対策を行いましょう。
  • 避難所の窓や扉を開放する場合には、ハエ類が侵入しないように、防虫のための網戸等を設置しましょう。これは、蚊の対策にも有効です。
  • 避難所内で食事をする場合にも、蠅帳等でハエが食品に止まらないための対策を行いましょう。
  • 生ゴミはハエ類、特にイエバエの発生源になるので長期間放置しないようにしましょう。生ゴミの収集が滞っている場合には、土中に埋める事で発生を抑えることが出来ます。


(2)蚊類

 自然災害によって多数形成された水溜まりが蚊の発生源となることが知られています。しかし、今回の津波被害においては、相当広い面積に海水が流入しました。蚊の多くの種類は淡水に発生しますが、一部、汽水(海水と真水が混ざった水)に発生するトウゴウヤブカイナトミシオカなども知られています。しかし、蚊の発生に適する塩分濃度は種類によって異なっており、イナトミシオカでは海水の1/5程度の塩分濃度(0.6%)の水域が幼虫の発育に適しています。今回の津波では、相当内陸まで海水が到達し、低地に形成された水溜まりは海水と同等またはそれ以上の塩分濃度の可能性があり、水田等で発生するコガタアカイエカなどは発育できません。東北地方におけるヒトスジシマカの分布は、宮城県のほぼ全域の都市部に同蚊の分布が確認されています。しかし、岩手県の太平洋沿岸地域では大槌町以南の大船渡、気仙沼には分布が確認されているものの、釜石においては今のところ定着は確認されていません。廃棄物仮置き場では、無数の小さな水溜まりが形成されると考えられますが、海水や乾燥した塩類が残っている場合、たとえ雨水がたまっても、塩分濃度が高いためヒトスジシマカは産卵しません。しかし、豪雨や梅雨で塩類が洗い流された場合には、幼虫の発生源となる可能性が高くなります。アカイエカも同様で、道路の排水溝の水溜まりの塩分濃度が発生に強く関係します。

 以上のことから、津波の被災地に形成された多数の水溜まりで蚊が大発生し、感染症の流行につながるとの予測は、ほとんど根拠がありません。

避難所で注意すべき点
  • 夏季の避難生活において、人々の行動がより蚊に刺される頻度を高める可能性があります。昼間は温度が急激に上昇し、屋内より屋外にいる時間が長くなる可能性があり、夕方から夜間にかけて、軽装で屋外で夕涼みをする可能性が考えられます。この事が、蚊等の吸血昆虫との接触頻度を高める可能性があります。
  • 避難所周辺で、ヒトスジシマカ幼虫が発生する可能性のある水溜まり(バケツ、花立て、古タイヤ、空き缶等)の水を週に1度捨てるなどの対策を徹底しましょう。多くの損壊施設や修復箇所では、雨よけのためにビニールシートが使用されていますが、シートの隙間にたまった雨水は、ヒトスジシマカなどの好適な幼虫発生源となるので、注意深い監視が必要です。


(3)その他の衛生昆虫類
 皮膚に寄生するヒゼンダニは疥癬の原因で、狭い空間で多くの人が寝起きする環境で流行が起こります。現在、疥癬は一部の老人施設等で問題となっていますが、開発途上国の低所得者層が住んでいる狭い住宅では、子供の数が多いことが関係して疥癬の流行がなかなか治まりません。一応、医療関係者はヒゼンダニによる皮膚炎を注意すべきです。屋外で過ごす時間が長くなる避難生活では、蚊以外の種々の吸血性昆虫(ブユヌカカネコノミなど)の問題も生ずることが予想されます。また、現在、日本を含めて世界中で吸血被害が種々の宿泊施設等で認められているトコジラミも、発生する可能性のある外部寄生虫として注意すべきです。


(4)衛生昆虫対策における問題点と感染症対策

 避難所での衛生昆虫対策は、種々の解決困難な問題が存在するが、以下のポイントが重要となります。①施設周辺での衛生昆虫の発生を予防する対策(生ゴミ、水溜まりの処理等)、②施設の入り口、窓等から衛生昆虫類の侵入を防止する対策、③忌避剤の塗布や蚊に刺されないような衣服の着用など、避難者個人が行う防虫対策などが必要と考えられます。

 被災地において衛生昆虫類が関係する感染症について、今までの調査結果を踏まえて、種々の関連情報を基に、表にまとめましたのでご参考にされて下さい。多くは「可能性が低い」または「可能性が非常に低い」に分類されます。その意味で、我が国の被災地においては、上記の衛生昆虫類の多くは感染症媒介昆虫ではなく、精神的、肉体的に被害を与える不快昆虫に位置づけられます。一方、ハエ類に関しては、消化器感染症の機械的伝播に重要な役割を果たす可能性があり、積極的な対策を講ずることが重要と考えられます。ただし、可能性が非常に低いからといって、起こる危険性がゼロではないので、衛生昆虫類の発生源対策に努め、害虫の発生をできるかぎり抑える努力が必要となります。


(参考資料)
  1. 小林 睦生(松田 肇、藤盛孝博 監修)「消化器における感染症・寄生虫症」、分担、 2章7 消化器感染症における昆虫の関与、新興医学出版社、東京、pp. 222(分担 p.34-38), 1998
  2. 小林 睦生(南光弘子 編集)「疥癬対策パーフェクトガイド」秀潤社、pp.311(分担 p.8-15), 2008
  3. 小林睦生、駒形 修、二瓶直子.温暖化と感染症、ペストロジー 24(1):27-30, 2009.
  4. 葛西真治、駒形 修、二瓶直子.分子生物学から見たアカイエカ種群の種の問題とチカイエカに関する最近の知見、 有害生物 6:67-83, 2009.
  5. 関なおみ、小林睦生. インターネットリサーチを利用したアタマジラミ症の実態調査、衛生動物 60(3):225-231, 2009.
  6. 小林睦生 地球温暖化に関する社会的影響??節足動物感染症から考える、生活と環境 54(4):17-21, 2009.
  7. 春成常仁、谷川 力、二瓶直子、駒形 修、小林睦生.ネズミの生息予測に都市地理情報を利用する試み、 ペストロジー 24(2):47-50, 2009.
  8. 小林睦生、葛西真治、佐々木年則、駒形 修、冨田隆史、関なおみ.シラミと感染症.感染症、38:207-215, 2008.
  9. 小林睦生.地球温暖化が媒介昆虫に与える影響.獣医疫学雑誌 12:7-12, 2008.

被災地における衛生昆虫類が関与する感染症発生の可能性*

可能性
疾病名
媒介昆虫類
中程度
消化器感染症
イエバエ
低い
日本脳炎
コガタアカイエカ
デング熱
ヒトスジシマカ
疥癬
ヒゼンダニ
非常に低い
チクングニア熱
ヒトスジシマカ
ウエストナイル熱
アカイエカ
塹壕熱
コロモジラミ
発疹チフス
コロモジラミ
ペスト
ノミ
*その他、アタマジラミ症やネコノミ、ブユ、ヌカカ、トコジラミによる皮膚炎も発生する可能性は存在する。

(2011年6月2日 IDSC 更新)

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