国立感染症研究所 感染症情報センター
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◆ 腸チフス 2005年(2006年1月26日時点)


腸チフスはチフス菌(Salmonella Typhi)の感染によって起こる全身性疾患である。チフス菌の感染はヒトに限って起こるので、患者および無症状病原体保有者の糞便と尿、およびそれらに汚染された食品、水、手指が感染源となる。通常は1〜3週間の潜伏期の後、39〜40℃の発熱が出現する。主要症状は高熱の持続で、他に特記すべき症状はないことが多い。比較的徐脈(高熱のわりに脈拍数が増えない)、バラ疹(高熱時に出現し、数時間で消える)、脾腫が3主徴とされているが、これらの出現率は30〜50%程度である。便秘、時には下痢がみられることがある。合併症として腸出血、腸穿孔があるが、ニューキノロン系薬が使用されるようになってからは稀である。しかし最近、ニューキノロン系薬低感受性の症例の増加が問題となっている。 また、適切な治療がなされないと、再発・再燃や慢性のチフス菌保菌者になることがある。

腸チフスは1999年4月1日施行の感染症法に基づく二類感染症として、疑似症患者、無症状病原体保有者を含む症例の届け出が、診断した全ての医師に義務づけられている。過去の年間 累積報告数は、2000年86例、2001年65例、2002年63例、2003年62例、2004年71例であり、2005年の報告数(診断週が2005年第1〜52週のもので、2006年1月26日までに報告されたもの)は49例と、過去5年間と比べやや少なかった。2005年の49例のうち疑似症が6例で、無症状病原体保有者は2例であった。無症状病原体保有者は、探知された患者と食事や渡航を共にした者の調査などによって発見されたものである。

疑似症を除く43例では、男性24例、女性19例で、年齢は3〜91歳(中央値29歳)であった。推定感染地域は国内12例、国外27例、不明4例であった。死亡例の報告が1例(70代)あった。病原診断は細菌培養により行われているが、検体の種類をみると、患者(41例)では血液および便2例、血液29例、便9例、大腸粘膜1例で、無症状病原体保有者(2例)では尿2例であった。なお、規定の「病原体を保有していないことの確認方法」に基づき、便での菌陰性化の確認が行われた後、再発(血液培養陽性)した症例が1例あった。

図1. 腸チフスの報告症例の推定感染地域別・性別・年齢群別分布(2005年) 図2. 腸チフスの報告症例の推定感染地域別・発症月別分布(2005年) 図3. 腸チフスの国外感染例における推定感染国の割合(2005年)

国内を推定感染地域とする12例(男性4例、女性8例)について年齢群別にみると、10歳未満1例、10代2例、20代2例、30代2例、50代1例、70代1例、80代2例、90代1例(中央値31歳)であった(図1)。発症期日については、記載されていたのが8例と少ないが、明らかな傾向はみとめられなかった(図2)。なお、いずれも散発例であり、推定感染源は特定されなかった。

国外を推定感染地域とする27例(男性17例、女性10例)について年齢群別にみると、10歳未満2例、10代1例、20代13例、30代9例、40代1例、50代0例、60代1例(中央値27歳)で、20代、30代に集中しており、全体の80%を占めた(図1)。27例について発症月をみると、3月(6例)、9月(4例)、10月(4例)に多かった(図2)。また、推定感染国別にみると(複数回答あり、国名報告数29)、インド13例(再発の1例を含む)、インドネシア5例、ネパール4例、フィリピン3例、パキスタン2例、バングラデシュ1例、マレーシア1例であった(図3)

ワクチンとしては、欧米先進国では新世代の経口生ワクチン、および注射莢膜多糖体ワクチンがあり、発展途上国への渡航者を対象に接種されている。しかし、わが国ではいずれも未認可である。予防の基本は感染経路の遮断であり、特に手洗いの励行が重要である。また、流行地への渡航などでは生水、氷、生の魚貝類、生野菜、カットフルーツなどを避けることが肝要であり、また、無理な旅行日程などによって体調をくずし、抵抗力を落とさないよう心がけることも大切である。

IDWR 感染症発生動向調査週報 2006年第7週「速報」に掲載)




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