国立感染症研究所 感染症情報センター
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高病原性鳥インフルエンザ



新型インフルエンザA (H1N1)ウイルスのヒト感染に関する
臨床管理:暫定的手引き

      2009年5月21日 WHO(原文


 2009年4月下旬以降、世界保健機関(WHO)は、メキシコおよびアメリカ合衆国から新型インフルエンザA(H1N1)ウイルスの持続的ヒトーヒト感染の報告を受けている。現在、このウイルスはヨーロッパ、南北アメリカ、そして極東地域の数々の国々にまで拡大している。このウイルスにより引き起こされる疾患によるリスクの拡大、また、動物由来の変異株であるインフルエンザA(H1N1)としての特徴的な遺伝子的・抗原的な特徴から判断し、WHOは、すでに確立された手順に従ってパンデミックアラートレベルを2009年4月27日にフェーズ3からフェーズ4へ、2009年4月29日にはさらにフェーズ5へと引き上げた。

 WHOは新型インフルエンザA(H1N1)によるヒトにおける疾患の管理に関して、臨床医に対する暫定的手引きを作成するために、専門家のグループを招集した。

 この手引きは、季節性および鳥インフルエンザにより引き起こされるヒト感染の自然史、病原性、そして臨床的特徴に関するデータとともに、この新型インフルエンザA(H1N1)ウイルスについて、現在利用可能な情報に基づいている。関連する動物モデルやSARS(急性呼吸器症候群)のような他の呼吸器ウイルス感染症、そして、他の要因によって引き起こされる特に急性呼吸促迫症候群(ARDS)のような関連する症候群から得られたさらなるデータや経験もまた、再検討された。組織的に再検討する中でエビデンスは見いだせなかったので、本手引きには批判的な評価やエビデンスの質に関する格付けを含めなかった。表1に新型インフルエンザA(H1N1)のヒト感染の臨床管理に関するWHOの推奨をまとめた。

 この文書は、手引きとして緊急的な必要性を鑑みて作成されたものであり、新たな情報が利用可能になり次第、更新される予定である。抗ウイルス薬使用に関する更新は、2009年6月下旬までに発出されるであろう。


背景

 新型インフルエンザA(H1N1)ウイルスによるヒト感染の検査確定例は、ほとんどが小児か若年成人で起きている。発熱のないもの、軽度の上気道疾患のもの、それから重症のあるいは致死的肺炎に至る臨床像は、すでに記述されてきた1。最も一般的に報告された症状は、咳、発熱、咽頭痛、倦怠感、そして頭痛であった。何人かの症例は、胃腸症状(嘔気、嘔吐、そして/あるいは下痢)を経験していた。これまで健康状態に問題がなかった者、慢性基礎疾患を有する者の双方を含め、入院を必要とした患者は、しばしば急速に進行する重症の下気道疾患を経験していた。新型インフルエンザA(H1N1)感染における重症の疾患の中で、その他に良く知られたインフルエンザの合併症は、二次性の細菌感染症、腎不全を伴う横紋筋融解症、心筋炎、そして基礎疾患(例えば、喘息や心血管疾患など)の増悪、などである。

 疾患への理解を改善し、最適な患者管理へと洗練させるために、WHOは、新型インフルエンザA(H1N1)ウイルスに感染した患者を治療している国や地域からのさらなる臨床および治療のデータを、緊急的にもとめるものである。

 可能ならばいつでも、治療方法の効果を評価することが可能なように、臨床データおよびウイルス学的なモニタリングのための連続した検体は、臨床における治療計画に沿って治療を開始する前に前方視的に収集されるべきである。最近感染していた患者からの臨床的・実験室的データの後方視的な報告もまた有用かもしれない。WHOへの臨床所見および治療結果の報告は、この新たな疾患に対するよりよい理解のためにも、また将来的な管理に関する手引きの作成に対しても、非常に有用なものとなるであろう。

暫定的な報告様式はこちら:
http://www.who.int/csr/resources/publications/swineflu/caseformadapted20090508.pdf


感染制御

 適切な感染制御の手法(標準予防策および飛沫予防策)は、常に順守されるべきである。エアロゾルが発生するようなハイリスクの手技(例えば、気管支鏡や気道吸引を含むどのような手技においても)を行うときは常に、WHOの手引きに従って2、ろ過マスク(N95、FFP2あるいはそれに相当するもの)、眼の防護具、ガウン、手袋を使用し、自然あるいは機械的に換気することができる空気予防策に対応した部屋でそれらの手技を実施する。


診断

 特に新たな地域内集団発生の始まりや異常な症例の発生においては、新型インフルエンザA(H1N1)ウイルスの検査による確定は、感染制御上の手順に関連した患者管理、抗ウイルス薬治療に関する検討、また、抗菌薬の不適切な使用を避けるなどの患者管理に対して重要な意味合いを持つ。最近、多くの国々において、確定診断検査は専門的な実験施設3でなされている。逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)は、最もタイムリーかつ鋭敏に、新型インフルエンザA(H1N1)ウイルス感染のエビデンスを提供することであろう。感染の有病率が増加するにつれて、臨床診断(急激な発熱と咳の出現に基づく)によって新型インフルエンザA(H1N1)ウイルス感染をより正しく判断できるようになる。

 現段階において、新型インフルエンザA(H1N1)ウイルス感染に対して有効な迅速臨床診断検査(いわゆる“point-of-care”診断検査と言われるものを含む)はない。市販の季節性インフルエンザに対する迅速診断検査は、新型インフルエンザA(H1N1)ウイルス検出において、感度は不確かであり、特異性にも欠く。もし、これらの検査が実施された場合は、陽性と陰性の両方の結果を注意深く解釈すべきである。

 実験室診断用の検体は、鼻腔深く(鼻腔スワブ)、鼻咽頭(鼻咽腔スワブ)、咽頭、ないしはもし採取できるようであるなら気管吸引から採取するべきである。鼻腔あるいは鼻咽頭スワブと咽頭スワブの組み合わせによる上気道検体採取が望ましく、ウイルス検出の可能性を高めるかもしれない。この特異的な感染において、いずれの臨床検体が最も診断に適しているかはまだ分からない。検体採取は、検体を採取する者が患者の呼吸器分泌物に曝露するかもしれないので、適切な感染防護をしてなされるべきである。


一般的な治療の考え方

 現在まで、ほとんどの新型インフルエンザA(H1N1)ウイルスに感染のヒト症例は、短期間の合併症のない病状を呈している。従って、入院あるいは抗ウイルス薬療法は、ほとんどの患者において必要とされるものではないようである。熱や痛みに対するパラセタモルやアセトアミノフェンのような解熱剤や、補液などの対症療法は、必要に応じて提供される。サリチル酸(アスピリンやアスピリン含有薬剤など)は、ライ症候群のリスクがあるため、小児や若年成人(18歳以下)には使用すべきではない。

 病状悪化に対するリスクが高いことを予見するような特異的な危険因子は、まったく分かっていない。臨床医や介助・介護にあたる者は、臨床的な症状悪化の可能性のある所見(例えば、呼吸困難、胸痛、色のある痰を伴う咳、意識状態の変化、混迷など)を観察し、そのような場合はすぐに医療機関を受診させるべきである。臨床医はまた、基礎疾患(免疫不全状態、前から存在する慢性的な肺あるいは心血管系疾患、糖尿病等)に配慮すべきである。

 妊婦は、季節性、鳥H5N1、そして過去のパンデミックインフルエンザ感染によって合併症のリスクが高くなることが知られている。致死的な結果を含み、何人かの入院症例が、新型H1N1ウイルスに感染した妊婦の中から報告されている。結果的に、新型インフルエンザA(H1N1)感染が疑われる、あるいは確定した妊婦は、当然ながらより厳重な観察下におかれ、国の政策に合致するならば、抗ウイルス薬での治療を実施する(下記参照)。


酸素療法

 診察あるいはトリアージ、そして引き続き入院患者としてのケアの間にルーチンに、酸素飽和度を可能ならばいつでもパルスオキシメーターで監視するべきである。酸素補給は、低酸素血症を補正するために実施されるべきである。WHOの肺炎に対する勧告では、酸素療法は90%以上の酸素飽和度を保つことを推奨している。しかしながら、この目安は、臨床的状況、例えば妊娠中などでは、92〜95%までに増やされるかもしれない。標高が高いところの住民は、低酸素血症の診断には異なる目安が必要であろうが、肺炎やARDSがあるような重症の低酸素血症の場合にはまた、さらに影響を受けやすくなるであろう。

 重症の低酸素血症の患者はマスクによる高流量(例えば、10L/min)の酸素投与が必要である。酸素投与に従うことが困難な患者(小児等)には、看護スタッフや家族の付き添いが必要かもしれない。パイプで送られる酸素が使用できないところでは、大きなシリンダーによる供給が必要となるであろう。WHOでは、1979年以降、酸素を必須医療品のリスト(List of Essential Medicines)の中に入れているが、未だにいくつかの国では、広く使用可能な状況ではないところがある。もし、医療用酸素が使えない場合は、工業用の酸素を使うことが可能である4。新生児の酸素療法は、ガイドライン5に従うこと。


抗菌薬療法

 抗菌薬の予防投与は行うべきではない。肺炎があるときには、抗菌薬による治療は市中感染による肺炎に対する公開されたエビデンスに基づくガイドライン6に、一般的には従うべきである。しかしながら、季節性インフルエンザや過去のインフルエンザパンデミックは、二次性の黄色ブドウ球菌感染のリスク増加に関連していた。それは、重症、急速に進行、壊死性、あるいはいくつかの地域ではメチシリン耐性株によるかもしれない。可能であれば、微生物学的検査の結果で、新型インフルエンザA(H1N1)ウイルス感染の患者における細菌の重複感染疑いとして適切な抗菌薬使用を行うべきである。メキシコの何例かの患者は、典型的な院内感染の病原体による人工呼吸器に関連した肺炎や院内感染肺炎を起こしていた。


抗ウイルス薬療法

 新型インフルエンザA(H1N1)ウイルスは、今のところ、オセルタミビルやザナミビルといったノイラミニダーゼ阻害薬(NAIs)には感受性をもつが、アマンダジンやリマンタジン(アダマンタンやM2阻害薬)には耐性である7

 H1N1ウイルスが新しいものであることから、抗ウイルス薬療法の臨床的効果のデータに関しては、まだ利用可能ではない。そのin vitroでの感受性パターンと、季節性及び鳥H5N1インフルエンザ感染からの臨床経験をもとに、NAIsの早期からの投与は、新型H1N1ウイルス感染症による疾患の重症度と有病期間を減少させるかもしれない。さらに、重症化や死亡への進行を予防することにもまた寄与するかもしれない。抗ウイルス薬療法は特に次の群において有益であるだろう:

  • 妊娠中の女性(抗ウイルス薬の投与において、可能性のある利点と懸念される危険性を十分に評価されるべきである)
  • 進行性の下気道疾患あるいは肺炎の患者
  • 基礎疾患のある患者


 もし使用する場合は、抗ウイルス薬治療は早期に開始されるのが理想的であるが、継続的にウイルスの複製が予想される、あるいは立証されるような活動性の病態においては、どの段階にある場合でも使用されうる。前もって存在する防御免疫に欠くために、患者の中にはウイルスがより長期間にわたって複製される人もいる可能性がある。

 NAIsを選択する際には、考慮するべき重要な薬理作用の違いがある。オセルタミビルは、経口的に投与され、より高い全身性の薬物濃度が得られる。一方、ザナミビルの方は、経口的に吸入での投与で、全身性の吸収は低くなる。オセルタミビルは、下気道合併症の治療として推奨される。

 混迷や異常行動などのまれな精神神経症状が、季節性インフルエンザに対するオセルタミビルによる治療開始後に、特に小児や思春期世代において発生している8が、これらの事例におけるオセルタミビルの関連性は不明である。吸入ザナミビルは、気管支けいれんに一過性に関連があるとされ、呼吸器系の基礎疾患がある患者はこの重症副作用の危険性がより高いように思われる。疑わしい副作用はいかなるものであっても国の監督機関に報告されるべきである。表2に、年齢と体重により推奨される抗ウイルス薬治療の投与方法を示した。


コルチコステロイド

 コルチコステロイドは、新型インフルエンザA(H1N1)患者の治療の際には、日常的に使用されるべきではない。低濃度のコルチコステロイドは、昇圧剤を必要としたり、副腎不全が疑われたりするような場合の敗血症性ショックの患者には考慮して良い。長期にわたる、あるいは高濃度のコルチコステロイドの使用は、日和見感染やウイルス複製を延長させる可能性等、インフルエンザウイルス感染の患者において重症の副作用を起こすことがある。


高度呼吸管理

 新型インフルエンザA(H1N1)ウイルス感染によるARDSの治療は、公開されているエビデンスに基づいた敗血症関連性ARDSのガイドラインにのっとってなされるべきである。肺を保護するような人工呼吸管理を使用すべきである9







参考文献

  1. New human influenza A (H1N1) virus infections in Mexico and other affected countries: clinical observations. Weekly Epidemiological Record, 2009, 84(21):185?196.
  2. http://www.who.int/csr/resources/publications/infection_control/en/index.html
  3. WHOは検査診断を支援することができる。以下を参照:http://www.who.int/csr/disease/swineflu/guidance/laboratory/en/index.html
  4. http://whqlibdoc.who.int/hq/1993/WHO_ARI_93.28.pdf
  5. http://whqlibdoc.who.int/publications/2003/9241546220.pdf
  6. http://whqlibdoc.who.int/publications/2006/924159084X_eng.pdf  (for pregnant women and newborns)
  7. http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/wk/mm5817.pdf
  8. http://www.fda.gov/medwatch/safety/2008/safety08.htm#Tamiflu
  9. 例えば http://www.survivingsepsis.org/system/files/images/2008_Guidelines_Final_.pdf
  10. http://www.who.int/csr/resources/publications/infection_control/en/index.html



(2009/5/27 IDSC 更新)

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