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高病原性鳥インフルエンザ



新型インフルエンザA(H1N1)ウイルス感染を原因とする疾患の
深刻度におけるWHOの技術的専門家会議

      2009年5月6日 WHO(原文


2009年5月6日に投稿された初稿の要約。2009年5月9日に更新された報告書全文。

 
2009年5月5日に、WHOはインフルエンザA(H1N1)感染を原因とする疾患の深刻度と、パンデミックの開始に近い時点においてこのことがもつ意味を評価するために、電話会議による技術的専門家会議を開催した。さらに、WHOは疾患の臨床症状や規則性に関するデータを探し、季節性インフルエンザの流行期間に見られる状況と比較した。

 情報はカナダ、メキシコ、スペイン、イギリスおよびアメリカ合衆国の疫学者、臨床家、ウイルス学者によって提供された。これらの国々はこれまでのところ、疾患に対する強化サーベイランスと、症例の検知や調査に関して、最も大きな経験を有している。これに加え、国際的な専門家も専門家会議の間にWHOへ助言を行った。

 この報告書は各国が提供した情報に続き、重要事項の概要及び解釈の検討が示されている。状況が進展しており調査も進行中であることから、この情報は暫定的であると考えていただいた方が良い。


各国の報告

カナダ

カナダ公衆衛生局(The Public Health Agency of Canada)

更新情報は以下にある:http://www.phac-aspc.gc.ca/alert-alerte/swine_200904-eng.php

 アメリカ東部夏時間5月5日15時現在、合計140人の検査確定症例がカナダで報告されている。症例は継続的に日報ベースで報告されている。疾患の発症日は約76人の情報が利用可能であった。最も早い発症者は4月13日であり、直近の発症者は4月30日であった。

 症例の大多数は50歳以下で中央値が22歳(範囲:2歳〜64歳)であった。65歳超の症例はなかった。症例の約50%は男性である。症状発症7日以内の渡航が分かっている50人のうち、45人がメキシコに、1人がアメリカ合衆国に、4人の渡航先の国が特定されなかった。

 死亡例はない。140人の検査室確定症例のうち1人(事前にリスク因子を持っていないことが分かっている10歳児)は入院をした。系統だった臨床的な疾患の情報は今のところ利用可能ではない。ほとんどの症例は軽症のインフルエンザ様疾患(ILI)があった。特筆すべきは、ノバスコシアの学校におけるアウトブレイクと関連する初期の症例の間では、症状の中に発熱があった人が半分以下であったことである。病状は咳や熱とともに筋肉痛及び鼻漏のような他のILI症状があったことが特徴であった。数人(割合を表にしていない)が下痢を報告した。


メキシコ

診断疫学研究所疫学部(Direcci?n General de Epidemiolog?a and the Instituto de Diagnostico y Referencia Epidmiologicos)

更新情報は以下にある: http://www.dgepi.salud.gob.mx/

編集者註:本電話会議の後に、更新情報を含むMMWRの報告書が発行された。以下を参照:http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/wk/mm5817.pdf

 5月5日現在、メキシコからは合計949人の検査確定症例と42名の死亡が報告されている(CDC, MMWR 2009;58:453-8)。確定症例はメキシコの31州のうち27州及びメキシコ連邦地区で発生した。確定症例数および死亡症例数の最近の増加の多くは、過去に報告された症例の検査室診断を反映している。

 さらに、疑い症例が11,932例報告されている(CDC, MMWR 2009;58:453-8)。検査室診断情報を含まない発熱性の臨床的呼吸器疾患に関する大まかな定義が用いられた。検査室診断が終了するまで、何人の疑い症例がインフルエンザA(H1N1)感染となるのかはわからない。

 ほとんどの症例は5歳と44歳の間であるが、60歳を超える症例が報告されている。症例は男女で均等に分布している。初期の症例の間で、15歳から29歳、および30歳から44歳のグループに重症呼吸器症及び肺炎患者が認められるという、通常とは異なるパターンをしめした。

 約2000人の症例は入院した。数人は検査室で確定され、多くは検査室診断を保留している疑い症例である。入院の平均期間は5日から7日である。入院症例の約17%は人工呼吸器を必要とした。2次的細菌肺炎は入院患者数人で発生した。

 平均的に、症例の有症状期間は13日であった。確定症例で情報取得が可能であった症例においては、発熱、呼吸困難、咳、頭痛、鼻漏が多くみられた症状であった(CDC, MMWR 2009;58:453-8)。解熱に最大9日間要した症例が数人あった。

 確定症例は神経学的な兆候または症状を認めなかった。確定症例の間で妊婦は数例いるが、妊婦の年齢及び疾患の臨床像についてはまだ情報がない。2症例が医療従事者で発生し、症例の調査は行われている。医療従事者が高いリスクにあることを示唆するデータは今のところない。


スペイン

Direcci?n General de Salud P?blica y Sanidad Exterior

Ministerio de Sanidad y Consumo/Ministry of Health and Consummers' Affairs

更新情報は以下にあるhttp://www.msps.es/en/servCiudadanos/alertas/gripePorcina.htm

 スペインはアメリカ合衆国でインフルエンザA(H1N1)の最初の症例が報告された直後から強化サーベイランスを開始した。サーベイランスは、発熱および急性呼吸器症状のあるメキシコからの帰国者の検出に的を絞った。臨床的判定基準は、37.5℃の熱および曝露後10日間以内の発症を含めた。

 5月5日現在、スペインからは合計57名の検査確定症例が報告されている。最も早い発症日は4月19日で、直近の発症日は4月30日であった。合併症または死亡例はなかった。

 症例の年齢の平均および中央値はそれぞれ24.2歳と23歳で、範囲は19-55歳、症例の47%が男性であった。妊婦または医療従事者の症例はなかった。

 症例57人のうち、52人は感染確認地域への渡航歴があり、5人は確定症例との濃厚接触があった。2次感染患者5名の潜伏期間は1〜5日で中央値は3日であった。

 全症例は軽症のILIがあり3日から5日以内に回復した。95%以上は熱および咳があった。約50%に頭痛、鼻漏、咽頭痛、倦怠感及び下痢があった。全ての症例はオセルタミビアで治療された。症例との接触者は追跡調査により見つけ出され、オセルタミビアの予防投与が行われた。

 2008/2009年シーズンのインフルエンザワクチンの接種情報は症例57人中30人に情報があり、30人中4人がワクチン接種をしていた。ワクチンを推奨されているグループからの患者はいなかった。

 医療システムへのインパクトは最少であった。合計5人は入院した。しかしながら、入院は隔離を目的としたもので、重症度に関係はなかった。ほとんどの症例は現在自宅で隔離されている。家族には個人防護具と化学予防薬が提供されている。

 季節性インフルエンザの既存のサーベイランスは行われており、プライマリケアまたは入院患者でのILI増加の検出はない。


イギリス(UK)

健康保護局(Health Protection Agency)

更新情報は以下にある

http://www.hpa.org.uk/webw/HPAweb&Page&HPAwebAutoListName/Page/1240732817665?p=1240732817665

 インフルエンザA(H1N1)のサーベイランスは、アメリカ合衆国およびメキシコでインフルエンザA(H1N1)の報告が発行されて以来後速やかに稼働し、報告されている。疑い症例は、インフルエンザに合致する症状の存在と、発生が報告された地域への旅行または疑い症例あるいは確定症例との濃厚接触を介したいずれかの疫学的リンクの存在を確認するための評価を受ける。これらの基準を満たした症例はインフルエンザの検査を実施し、抗ウイルス薬の投与が始められる。インフルエンザA型に検査で陽性の患者は疑いが濃厚な症例(probable case)として分類され、確認検査が実施される。疑いが濃厚の症例(probable case)症例及び確定症例の接触者は同定され、評価され、さらなる感染拡大を防ぐ目的で抗ウイルス薬を予防投与される。学校の生徒あるいは航空機旅客に症例が発生したときには、地域のリスク評価が実施された。これらの場所における濃厚接触者には化学予防が行われた。

 5月5日現在、イギリスからは合計28例の検査確定症例が報告されている。最も早い発症日は4月16日で、直近の発症日は4月30日であった。追加症例は検査室で調査を行っている。死亡例はない。

 年齢の中央値は25歳である。40歳を超えた症例は稀である。女性が半数を少し上回っている。しかし、年齢と性別の分布は共に、症例の多くが学齢期の集団に発生していることが反映されているであろう。メキシコへ渡航した症例の中で、2人は40歳代で、3人は50歳を超えていた。

 症例28人のうち、18人は感染地域に渡航し、10人は症例の接触者に発生した。接触者の症例10人のうち7人は学校と関連していた。そのうち2人は感染地域に渡航した確定症例の家族であり、残りの5人は学校の他の生徒であった。渡航者およびその濃厚接触者の調査の初期データによると、潜伏期は4日から6日の範囲と思われる。医療従事者の中には症例がいない。

 確定症例の全ては熱と軽症の症状があり、28人中3人だけが下痢または胃腸症状があった。2人は感染制御上の問題の懸念で入院し、疾患の重症度の問題からではなかった。


アメリカ合衆国

疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention)

更新情報は以下にある http://www.cdc.gov/h1n1flu/

編集者註:本電話会議ののちに、更新情報が以下に公表された

http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/wk/mm5817.pdf

http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMoa0903810?query=TOC

 5月5日現在、41の州から合計642人の検査確定症例が報告されている(2009年5月7日のニューイングランドジャーナル・オブ・メディシン オンライン版、以下”NEJM.org”と記す)。疾患の発症日は394人の患者で分かっており、範囲は3月28日から5月1日である。加えて、700人を超える疑いが濃厚な症例(probable case、臨床的判定基準に合致し、検査で亜型分類ができないインフルエンザA型陽性の症例と定義した)が報告されている。

 確定症例の間で、約50%は男性で年齢の中央値は20歳(範囲3か月から81歳)であった。アメリカ合衆国での初発例は発生地域への旅行と学校でのアウトブレイクに関連しており、それは引き続いて家族や学校での接触者への伝播につながった。ごく最近の報告数の増加は旅行に関連していない。


 入院情報が入手可能な399人の確定症例のうち36人(9%)は入院した(2009年5月7日のNEJM.org)。詳細情報が得られた入院患者22人のうち、12人は慢性疾患、妊娠または5歳未満児といった季節性インフルエンザの合併症リスクを高くする要因があった(2009年5月7日のNEJM.org)。入院の主な理由は重症呼吸器疾患であり、基礎疾患が原因ではなかった。

 暫定的データによると、潜伏期間の範囲は2〜7日と思われる(2009年5月7日のNEJM.org)。2次感染の発病率は約22%と、暫定的データから推定されている。さらに高い発病率が、いくつかの学校に関連したアウトブレイクで観察されている。

 H1N1ウイルスおよびその特徴に関するいくつかの鍵になる断片的な情報が観察されている。まず、現在のところH1N1ウイルスの全てはアマンタジンおよびリマンタジンに耐性を示しているが、ノイラミニダーゼ阻害剤のオセルタミビル及びザナミビルに感受性がある。2番目に、このウイルスが1918年H1N1パンデミックウイルスおよび鳥インフルエンザH5N1ウイルスのようなヒトへの病原性に関するマーカのエビデンスが今のところない。3番目に、約30のウイルス検体の分子配列はウイルスの遺伝子の一致度がほぼ100%であった。

表.インフルエンザA(H1N1)症例報告の国別特徴1)


  1. データは特に断りがない限り2009年5月5日にWHOの技術的専門家会議で提供された;データは暫定的である
  2. http://content.nejm.org/cgi/content/full/NeJMoa0903810?query=TOC
  3. NA=利用可能なデータなし
  4. http://WWW.cdc.gov/mmwr/PDF/wk/mm5817.pdf
  5. ILI=インフルエンザ様症状(Influenza-like illness)
  6. 妊娠、慢性疾患、超低年齢または高齢といった、季節性インフルエンザのリスクを高めるリスクに関連する要因


考察

 
インフルエンザA(H1N1)感染によって引き起こされた疾患の深刻度についての情報は、この新興ウイルスに対して各国が効果的に対応し、医学的及び非医学的介入の最善の利用に関する計画を作ることへの助けとなる。この報告のデータは暫定的であり、多くの重要な問題には現時点で答えることができないが、電話会議によってこの疾患に関して以前に知られていたよりもさらに理解が深まった。

重要な点は以下などである:

  • H1N1感染のほとんどの症例は熱、咳、鼻水、頭痛及び倦怠感のある軽症の典型的なインフルエンザ様疾患である。重症患者はメキシコ及びアメリカ合衆国から報告され、乳児・妊婦・基礎疾患があるといった季節性インフルエンザの合併症リスクのある人たち、および健康な成人で報告されている。

  • メキシコ及びアメリカ合衆国の入院の主な理由は、重症呼吸器疾患である。メキシコでの経験では、二次性細菌性肺炎が入院症例の間で発生していた。

  • 数例の確定症例は発熱がなかった。無症候性及び非常に軽症の感染例がある可能性がある−これは季節性インフルエンザの流行時とおなじである。

  • 全ての国ではないが、数カ国で報告された症例は下痢があった。このような初期所見はさらなる確認が必要で、ウイルスが排泄物の中に排泄されるかどうかを決定するための検証が必要である。もしこれが事実であるとすれば、衛生状態が十分でない国や状況においては重要な問題となるかもしれない。

  • 全年齢階級群で患者が発生しているが、ほとんどの症例は若年層で、中央値は20代なかばであった。

  • ウイルスは容易にヒトからヒトへの感染することが示されている。アメリカ合衆国およびメキシコでは、市中での感染が広範囲に起こっている。限られたデータに基づくと、二次感染の発病率は約22%と推定されているが、いくつかの場面では30%程度になることが予想される。

  • メキシコは短期間に多数の人が医療機関を受診し、呼吸器疾患によって入院した。しかしながら、今のところ他の発生国の医療において類似した状況は認められていない。

  • 現在、ウイルスはオセルタミビル(タミフル)及びザナミビル(リレンザ)に感受性がある。実験室の研究では、これまでにこのウイルスは1918年H1N1パンデミックウイルスおよび鳥インフルエンザH5N1ウイルスに関して記述されたヒトへの毒性に関するマーカーがあるとの根拠はない。

 データに関して考慮されるべきいくつかの重要な限界がある。最初に、各国は症例を検出するために異なったサーベイランスと異なった症例定義を使用している。このことは臨床的疾患についての情報に影響する。たとえば、病院に焦点を絞ったサーベイランスは、重篤な症状のあるH1N1感染症例を優先的に検出することが予想される。逆に、市中での症例の検出および調査は、より軽症な者を検出するであろう。2番目に、多くの国々は疾患の感染拡大の早期段階にあり、少数の症例しか報告していない。メキシコ及びアメリカ合衆国の経験は、より多くの症例が発生し、より幅広く市中に感染の広がりがあってはじめて、H1N1ウイルスの疫学的および臨床的な特徴を詳しく描出することが可能であることを示唆している。旅行のパターンまたは学校のような特別な場面でのアウトブレイク発生を反映するかもしれないような、年齢の情報などの解釈には注意が必要である。3番目に、潜伏期及び発病割合のような重要な疫学的変数の早期における推定は、家庭や学校といった限られた場面から得られており、広く一般化してはならないのかもしれない。4番目に、メキシコ及びアメリカ合衆国はH1N1感染確定者のうち死亡者が報告されているが、信憑性のある致死率の推定にはまだ時期早尚である。H1N1ウイルス感染の危険因子、および疾患の深刻度の評価には、更なる研究が必要である。

 状況は徐々に進展していることが予測され、注意深く観察することである。これまで疾患は主に軽度であるが、季節性インフルエンザの毎年の流行で見られるように、症例数の増加及びウイルスの地理的広がりが認められるにつれ、重症疾患数と死亡数の増加を含むウイルスそのものの全体像が明らかになってくるであろう。





(2009/5/25 IDSC 更新)

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