国立感染症研究所 感染症情報センター
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高病原性鳥インフルエンザ



大阪における新型インフルエンザの臨床像 (第二報)

          
2009年6月5日

国立感染症研究所感染症 情報センター、大阪府
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[はじめに]

 前回、2009年5月20日までの調査結果から、大阪における2つの学校における新型インフルエンザ確定例の臨床像を提示したが、その後の調査により、更に明らかとなった知見について第二報として追加報告を行う。

[背景]

 2009年5月中旬、兵庫県、大阪府において新型インフルエンザ患者の発生があり、両府県を中心に国内の患者報告数は6月1日現在で13都府県から371名となっている。大阪府内では6月1日現在までに政令指定都市である大阪市、堺市、中核市である高槻市を含めて158例の確定例の報告があり、内訳はA中学・高等学校での発生患者およびその関係者111名、同校との疫学的リンクが疑われる者28名、同校とのリンクが明らかではない集団発生13名(八尾市内の小学校関係者7名、大阪市内飲食店関係者6名)、孤発例4名、兵庫県での発生と関連のある者2名となっている。大阪での新型インフルエンザ患者発生報告の発端となったのは、A中学校・高等学校生徒の患者発生報告であり、その後5月中にみられた大阪府内の発生例の多くは、同校かまたは同校に関係するものであった。これらの疫学的関連については、現在詳細な解析を行っているところである。

 大阪府内の高等学校、中学校を中心とした学校閉鎖等の対策により、上記5月中の大阪における患者発生数は急速に減少し、6月4日には、全ての患者の経過観察期間(発症日を0日目として発症後7日目まで)が終了した。6月以降これまでのところ、大阪府内の新型インフルエンザ発生報告は、海外からの帰国者のみとなっている。本稿では、前回A中学校・高等学校の64例、八尾市内のB小学校の5例に対する臨床像について呈示を行ったが、その後の調査により、A中学校・高等学校での発生例105例全例の臨床像の詳細が明らかとなったので、その他に得た知見と合わせて以下に報告する。


[A中学・高等学校の調査結果]

1.調査対象・方法:

 A中学・高等学校の生徒1934名、職員143名において、2009年6月1日までに新型インフルエンザと確定診断された105名に対して調査を行った。
  • 生徒103名(高校生99名、中学生4名)、教職員1名、非常勤職員1名
  • 男性83名、女性22名
  • 年齢中央値16歳(12-53歳)
  • 全員に2009年4月以降の海外渡航歴はなし


 18名の入院患者には入院先の病院にて対面調査を行い、87名の自宅療養患者には学校側の協力を得て、調査票に基づいて担当教員による電話での聞き取り調査を行った。


2.K中学・高等学校の特徴:

 A中学・高等学校は大阪府茨木市内に位置する私立学校であり、中学校、高等学校を合わせると1900名以上の生徒が在籍している。生徒は北大阪地区、兵庫県西部等広範な地域から登校している。各学年によって校舎が分かれているが、食堂が高校・中学校共通であり、また約1500名の生徒が利用しているスクールバスは、学年を区別することはせず、ほぼ満員の状態で運行されていた。


3.事例経過:

 ゴールデンウイークの翌週の2009年5月11日月曜日より、A中学・高等学校において高校2年生を中心に発熱者が目立つようになった。翌12日には2年生全体で20名の欠席者となった。翌13日には36名の欠席者となり、またインフルエンザA型に罹患している者が増加しているとの情報により、同学年は5月13〜15日の3日間に渡って学年閉鎖となった。5月15日になって、神戸市内の高校生が日本国内で初めて新型インフルエンザ患者発生例として報告されたことを受けて、5月16日にインフルエンザA型と診断されていた生徒への新型インフルエンザウイルスに関するRT-PCR検査の依頼が大阪府立公衆衛生研究所に対してなされ、同日、同研究所の検査結果が陽性であることが判明し、国立感染症研究所にて行われた確認検査でも陽性と確認された。感染拡大防止対策として、A中学・高等学校では、5月16日以降学校閉鎖することとなり、同校の生徒、職員からは、その後5月23日までに105例が確定診断され、報告されたが、以降の発生報告はなくなった。この結果を受けて、同校は2週間以上経過した後の6月1日に再開された。


4.臨床像について:

 A中学校・高等学校の生徒および職員で、RT-PCR検査で新型インフルエンザ発生が確定した入院患者18名、自宅療養患者87名の計105名の臨床像を示す。入院か自宅療養かの区別は、臨床症状によるものではなく、患者数の増加に対応して途中から入院措置を必ずしも行わないこととした方針の転換に起因している。38℃以上の発熱は89.5%、咳は82.7%、熱感66.7%、咽頭痛65.4%、鼻汁・鼻閉59.6%、全身倦怠感57.7%、頭痛52.1%、関節痛34.0%、筋肉痛19.8%、下痢19.8%、腹痛6.6%、結膜炎6.4%、嘔吐5.3%であった(表1)。38℃以上の発熱は90%近くと最も高く、急性呼吸器症状の中では咳が80%を超えて高い頻度を示している。その他の急性呼吸器症状である咽頭痛、熱感・悪寒、鼻汁・鼻閉も60%前後の患者にみられている。下痢は19.7%と、前回の報告(12.7%)よりも大きく増加した。これは、症例数の増加により、新型インフルエンザ発生患者における下痢の頻度が米国等の報告(Emergence of a Novel Swine-Origin Influenza A (H1N1) Virus in Humans, New England Journal of Medicne:http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMoa0903810)に近づいたとも考えられるが、今回新たに加えられた調査結果の中には、下痢の判定基準について統一されていないものも含まれている可能性があり、今後更に検討を要すると思われる。前回までの調査と同様であるが、ほとんどすべての症例が季節性インフルエンザに類似した臨床像を呈しており、重篤な状態となった患者はなかった。また、インフルエンザの典型的な症状である突然の高熱(38℃以上)で発症する例が多いものの、全ての発生例で高熱をきたすわけではなく、咳や咽頭痛等の急性呼吸器症状や、下痢等の症状が先行する場合もみられた。なお、2008/09年シーズンの季節性インフルエンザワクチンの接種歴について行ったアンケートでは、確定患者90名を含む学校生徒、職員774名から回答があり、接種歴ありと回答した者407名中の新型インフルエンザ確定例55名(罹患率13.5%)、接種歴なしと回答した者367名中の確定例35名(罹患率9.5%)であった。


5.治療:

 105例全例が意識障害や合併症等なく、発病後の経過観察期間を終了した。治療薬については、確定患者105名中リン酸オセルタミビル投与62名、ザナミビル投与37名、入院によりザナミビルからオセルタミビルへの変更2名、抗インフルエンザウイルス薬の投与なし4名であった。投薬のなかった4名中、新型インフルエンザと判明した時点で症状が消失していた者が1名、および発病後6日目に診断された者が1名、投薬拒否1名、検査結果通知の遅れが1名であった。発熱以外の急性呼吸器症状も含めた有症状期間が明かな90名における検討では、その期間は平均で5.0日間(1〜12日間)であったが、発病後2日目以内に抗インフルエンザ薬を投与されていることが明らかな62名での平均有症状期間は4.6日であり、発病後3日目以降に投与されたか、未投与の12名の平均は6.3日であった。また、リン酸オセルタミビル投与群50名の平均有症状期間は4.7日、ザナミビル投与群34名では5.2日であった。


[八尾市内のB小学校の調査結果]

1.調査対象・方法:

 B小学校の生徒で、2009年5月18日までに新型インフルエンザと確定診断された5名に対して調査を行った。患者は全て自宅療養であり、各家庭を訪問して対面調査を行った。

  • 生徒5名
  • 男子2名、女子3名
  • 年齢:9歳1名、11歳3名、12歳1名
  • 全例特記すべき既往歴はなし


2.B小学校の特徴:

 大阪府八尾市内に位置する市立の小学校であり、生徒数は624名である。


3.事例経過:

 大阪府内で海外渡航歴のない新型インフルエンザ患者が発生し、警戒が続けられていた。5月16日に発熱で休日診療所を受診した小学校6年生の女児がインフルエンザ迅速抗原検査にてA型陽性と判明してザナミビルが処方されたが、その後同女児から採取された検体に対して新型インフルエンザウイルスに関するRT-PCR検査が大阪府立公衆衛生研究所にて実施され、5月17日に新型インフルエンザ陽性と判明した。また、その後、同小学校の新型インフルエンザの確定患者は増加し、5名となった。

4.臨床像について:

 小学生の集団発生は現時点では日本国内ではまだ少ない。咳、咽頭痛、熱感・悪寒は全員が経験していた。全身倦怠感は80%、頭痛80%、咽頭痛、鼻汁・鼻閉、関節痛はそれぞれ60%に認められた。下痢、腹痛、嘔吐等の消化器症状は認められなかった(表2)。調査対象者数は5名と少ないものの、重篤な状態となった患者はなく、診断・治療後には比較的速やかに解熱していた。また、2名は急性呼吸器症状が数日間先行した後に38℃以上の高熱を呈していた。

5.治療:

 抗インフルエンザウイルス薬として2名がリン酸オセルタミビルを、3名がザナミビルを処方されていた。異常行動や意識障害をきたした症例はなく、抗インフルエンザウイルス薬を投薬後比較的速やかに解熱等諸症状の改善を認めていた。発熱以外の急性呼吸器症状も含めた有症状期間は平均で6.7日間(3〜9日間)、発症後2日以内に抗インフルエンザ薬を投与された4名の平均有症状期間は6.2日であり、発症後3日目に投与1名の有症状期間は9.0日であった。


[インフルエンザ迅速抗原検査について]

 大阪府内の確定患者158名の内で、患者本人への直接の聞き取り調査等によって詳細が明らかとなった35名のインフルエンザ迅速抗原検査結果を表3に示す。全体の陽性率は77.0%であり、発症日から1日後の陽性率が82.4%と高く、発症日は75.0%、2日後は60.0%であった(表3)。

[まとめ・考察]

  • A中学・高等学校の105名、B小学校の5名の110名は、全て意識障害や他の合併症等なく、臨床的に入院を要するとは評価されず、発病後の経過観察期間を終了していた
  • 38℃以上の高熱、咳・咽頭痛・鼻汁・熱感等の急性呼吸器症状はA中学・高等学校、B小学校の調査対象患者で共に高率に認められた
  • 検討症例数が105例と増加したA中学・高等学校の結果からは、前回の報告とは異なって下痢症状を呈した者が19.8%と増加した。米国等の報告に近いとも考えられるものの、腹部症状の発現率については、今後さらに詳細な検討が必要である。
  • 2008/09年シーズンの流行前に接種された季節性インフルエンザに対するワクチンは、接種時期の問題等もあり、正確な評価をすることは困難である
  • 多くは突然の高熱で発症しているが、中には急性呼吸器症状や腹部症状を前駆症状として数日後に高熱を発する患者も認められた。季節性インフルエンザでもそのような経過を認めることがあり、今回の新型インフルエンザでもこれと同様に様々な病態をとる可能性があることを示しているものと考える
  • A中学・高等学校における検討では、抗インフルエンザウイルス薬を発症後2日以内に投与された群の方が、3日目以降に投与された場合よりも有症状期間が短くなる傾向が認められた
  • インフルエンザ迅速抗原検査の検討例数も35例と増加したが、前回の報告と同様に、発症1日後では比較的高率に陽性を示し、次いで発症日、発症2日後の順であった
  • 検査キットの種類は不明であり、検体採取方法の検討もされていないため、インフルエンザ迅速抗原検査の新型インフルエンザスクリーニングに関する有用性は本検討では評価はできないが、少なくとも臨床現場で同検査が陰性であっても、新型インフルエンザを簡単には否定すべきではないと思われた


[謝辞]

 本調査を実行するに当たり、全面的に協力をいただいた厚生労働省健康局結核感染症課、大阪府各保健所、大阪市保健所、堺市保健所、高槻市保健所、大阪市立総合医療センター、市立豊中病院、市立堺病院、関係教育機関等に深謝いたします。




(2009/6/12 IDSC 更新)

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