国立感染症研究所 感染症情報センター
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高病原性鳥インフルエンザ



神戸市における新型インフルエンザ臨床像の暫定的なまとめ(第二報)

          
2009年5月25日

※以前のバージョンはこちら
国立感染症研究所感染症情報センター、神戸市保健所


背景

 2009年5月16日、日本国内で初めてとなる新型インフルエンザA(H1N1swl)の最初の3例が神戸市によって報告された。その後、新型インフルエンザは、兵庫県北部や西部、あるいは近隣の大阪府にて検出が相次ぎ、2009年6月2日午前9時現在、国内で379例に上っている。本まとめは、5月25日現在まで神戸市内において確定例となり、入院にてフォローされた49例に対して対面式もしくは携帯電話、インターホンを用いて行った聞き取り調査およびカルテのレビューを行い、国内事例の臨床像に関する情報を提供し、新型インフルエンザの診療に資することを目的としている。

 なお感染症法上、新型インフルエンザ等感染症は2類相当とされ、5月16日時点では、入院の上での治療を行うことが必要とされていた。そのため、新型インフルエンザ患者全例に対して、神戸市でも当初入院による治療が行われた。本稿においても、感染症法対象疾患として法的に入院を要したこれらの患者を対象としている。しかしながら、医療機関における対応病床が満床になるなどの状況が直ぐに発生し、かつ、臨床的に軽症である患者が多いことが示唆されたことから、5月18日より神戸市や大阪府などでは、臨床上入院を必要とする患者についてのみの入院へと切り替えた。5月22日に厚生労働省から出された「基本的対処方針」に基づく、「新型インフルエンザ患者の入院等の取扱いについて」によれば、重症者や基礎疾患を有する者等に入院治療の必要性を検討されることとなった。

 本稿をまとめるにあたり、実際の患者の診療に多忙を極める、神戸中央市民病院、西神戸医療センターの全面的な協力をいただいた。


入院時における概要

患者属性・基礎疾患の有無

 入院患者計49例に対して聞き取り調査を施行し、年齢中央値は17歳(5〜60歳)、79.6%が高校生であり、今回の感染の中心が高校生であったことが示唆された。男女比は1:1.1(23例:26例)であった。基礎疾患について呼吸器疾患として気管支喘息を挙げた者が6例(12.2%)、アトピー性皮膚炎を挙げたものが2例(4.1%)、アレルギー性鼻炎を挙げた者が1例(2.0%)あった。糖尿病、心疾患、免疫不全、悪性腫瘍などの背景を持つ者はいなかった。26例の女性の中で、妊娠の可能性があると答えた者はいなかった。


季節性インフルエンザワクチン接種歴および2008-2009年シーズンのインフルエンザ罹患

 インフルエンザワクチン接種歴と冬のインフルエンザ罹患歴との関係をみたところ、情報の得られた43例中22例(51.2%)において昨シーズン(2008-2009年)前の季節性インフルエンザワクチンの接種歴が認められた。また、2008-2009年冬季のインフルエンザ罹患歴については、情報の得られた45例中4例(8.8%)が、インフルエンザに罹患したと患者本人が答えた。


臨床像

 何らかの症状を呈してから入院するまでの期間は0〜7日(中央値 1日)であった。49例の症例の中で約90%(43/49)に38℃以上の高熱を認めた。また60〜80%と高頻度で咳(38/48)、咽頭痛(35/49)、倦怠感(34/43)、熱感(32/43)が認めた。筋肉・関節痛(27/49)、鼻汁・鼻閉(25/47)、頭痛(25/48)は約半数において認められた。嘔気(12/49)は約25%に、下痢(7/49)や嘔吐(6/49)の消化器症状は約10%弱に、結膜炎(3/43)は7%に認められた。神経学的症状や異常行動を認めた者はいなかった。(表1参照)

表1



臨床経過

 
入院患者49例中、経過中に38度以上の発熱が認められた43例に関して以下の2点を検討した〔1.各症状の有症状期間(表2)2.38度の発熱を最初に認めた日を便宜的にDay0と定め、聞き取り調査およびカルテレビューにて、経過中発現および消失が同定しえた症状に関する出現日(図1)〕。1および2のそれぞれについては情報を追跡しえた症例数が違うことにより、母数が異なっている。

 それぞれの有症状期間に関しては、上気道症状、特に咽頭痛、咳は中央値が4日と38度以上の発熱に比べて長かった。一方、消化器症状は38度以上の発熱に比べ短かった。但し退院時に存在した症状についてはその後消失日について聞き取りが出来ておらず、有症状期間の長い者についての情報が一部抜けている。そのため最大値、中央値が過小評価されている可能性がある。

 咳、咽頭痛は発熱より先行して認められる傾向があった。鼻汁・鼻閉は発熱出現日及びその翌日に多かったが1週間程度前より発症している例もあった。頭痛、筋肉痛・関節痛は発熱と同じ日に出現する傾向があった。消化器症状に関しては、嘔気は発熱出現日及び翌日に多かったが、嘔吐、下痢に関しては分散していた。本情報はあくまで38度以上の発熱がみられた日を中心に臨床症状を追ったもので、ウイルスへの曝露や感染の成立および発症などを示しえるものではないことに注意されたい。


1.有症状期間(表2)(38度以上の発熱がみられた43例において検討)



2.38度以上の発熱の出現日と、発熱以外の症状の出現日(横軸)と発症者数(縦軸)の関係(図1)(38度以上の発熱がみられた43例において検討)




入院時の検査所見

 データの得られた患者に関して入院時の代表的な検査所見をまとめた。末梢白血球 3200〜11400(中央値5100)/mm3(n=26)、CRP 0〜9.2(中央値1.2)mg/dl(n=28)、GOT 12〜64(中央値17)IU/dl(n=24)、GPT 7〜168(中央値11.5)IU/dl(n=24)、BUN 6〜15(中央値10)mg/dl(n=24)、Cre 0.53〜0.98(中央値0.76)mg/dl(n=24)であった。臨床上、肺炎を疑われた症例はなかったため、胸部レントゲンは撮影されていない。CRP高値、頻回の下痢と下腹部痛を認めた1症例があったが、後に便検体よりキャンピロバクターが検出された。この便検体からは新型インフルエンザウイルスは分離されなかった。


治療の概要

 治療として、49例中48例に対して抗インフルエンザ薬が投与されていた。投与の内訳は、リン酸オセルタミビル(タミフル:以後タミフルとする)が22例、ザナミビル(リレンザ:以後リレンザとする)が26例であった。年齢群別にみると、9歳以下の1例にはタミフルが投与されていた。10歳代の40例に対してはタミフルが14例(35%)、リレンザが25例(62.5%)に投与され、非投与が1例(2.5%)であった。20歳以上の8例のうち、7例に対してタミフルが(87.5%)、1例にリレンザが投与されていた(12.5%)。発症から抗インフルエンザウイルス薬投与にいたる日数は0-4日(中央値 1日)であった。

 38度以上発熱のあった43例においては全例が抗インフルエンザウイルス薬の投薬を受けていた(タミフル19例、リレンザ24例)。タミフル投与群における38度以上の有熱期間は1-4日(中央値2日)、リレンザ投与群は1-5日(中央値2日)であった。うち、投与日に関する情報が得られた41例について以下のようにまとめた。

 タミフルを内服した19例の内、Day0(38度の発熱を最初に認めた日)に内服を開始した者が6例、Day1(Day0の翌日)に内服を開始した者が13例認められた。38度以下へ解熱するまでの期間は、Day0に開始した群では1-4日間(中央値 1.5日間)、Day1に開始した群では2-5日間(中央値 3日間)であった。

 リレンザを吸入した22人の内、Day0(同上)で吸入を開始した者が11例、Day1(同上)に吸入を開始した者が10例、Day3(Day0の3日後)に吸入を開始した者が1例認められた。38度以下へ解熱するまでの期間は、Day0に開始した群では1-5日間(中央値 1日間)、Day1に開始した群では2-5日間(中央値 3日間)、Day3に開始した者では4日間であった。


入院適応

 
今回の調査での在院日数は1〜8日(中央値3日)であった。その多くは感染症法に基づく入院であり患者の大半は入院を要する臨床状況ではなかった。実際5月18日より神戸市では、臨床上入院を必要とする患者についてのみの入院へと切り替えたところ、5月19日以降は5月25日までの時点で新規の入院例はなかった。6月2日現在、人工呼吸管理を要した症例は無く、また、死亡例も発生していない。臨床的な観点から大半は直ぐに退院となり、自宅における健康観察を行う対象となっている。長期的な予後については不明だが、現時点までの状況では、全例を入院させる医学的必要性はなかったことが示唆される。ただし、今回神戸市において臨床情報を追跡した症例数は約50と非常に少なく、また通常基礎疾患の少ない若年層に患者が集中していたこともあり、新興感染症である本感染症の臨床像全体を反映しているとは言いがたい。今後、コミュニティーなどに感染が伝播してくる状況の中では重症例の発生も必至であろうことから、注意深い情報の収集と対応が引き続き必要である。




(2009/6/11 IDSC 更新)
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