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高病原性鳥インフルエンザ
小児の新型インフルエンザA(H1N1)ウイルス感染に関連した神経学的合併症 --- テキサス州ダラス, 2009年5月
MMWR Vol. 58 No. 28(2009年7月24日号) CDC(原文

季節性インフルエンザAあるいはBウイルスの気道感染に伴った、痙攣、脳炎、脳症、Reye症候群などの神経合併症に関しては以前から報告がされていたが、新型インフルエンザA(H1N1)pdmウイルス*に関するものはこれまで報告されていない。2009年5月28日にダラス郡保健福祉局(DCHHS)は、新型インフルエンザによる神経合併症が見られる4人の小児患者が、同郡の病院に5月18~28日の期間中に入院していたことを、CDCに報告した。本報告はその4症例の臨床像のまとめである。患者の年齢は7~17歳であり、いずれもインフルエンザ様の症状と共に、痙攣もしくは意識障害をきたし入院した。4例のうち3例は脳波検査で異常が認められた。4例全ての鼻咽腔検体から新型インフルエンザウイルスのRNAが検出されたが、髄液検体からは検出されなかった。4例がオセルタミビル、3例がリマンタジンによる治療を受けたが、全例が完全に回復し、退院時には神経学的後遺症は認められなかった。以上のことから、新型インフルエンザA(H1N1)pdm ウイルスの気道感染であっても、季節性インフルエンザと同様に神経合併症を発症しうることが確かめられた。医療者は、インフルエンザ様の症状に、原因不明の痙攣、意識障害を合併した小児患者を診療する際には、季節性や新型インフルエンザA(H1N1)感染を鑑別診断に挙げなければならない。適切な確定検査を行うために呼吸器検体を検査機関に送り、特に入院を要するようなケースに関しては診断確定前であっても、急いで抗ウイルス治療を開始する必要がある。

* 注:2009年8月現在ウイルスの呼称はpandemic influenza A(H1N1)pdmで合意されている。

Case Identification

4月22日以来、ダラス郡保健福祉局は同郡にあるすべての病院に対し、新型インフルエンザA(H1N1)で入院した患者について、詳細な情報を報告するよう要請していた。7月20日までの間に同保健福祉局はダラス地方において、入院44例を含む、405例の検査診断による新型インフルエンザA(H1N1)確定例を確認した。死亡は一例もなかった。新型インフルエンザA(H1N1)確定例の83%は18歳未満であった。これらの小児例のうち、入院26例を含む145例が、ダラス小児医療センター(CMCD)の検査サーベイランスプログラムによって診断が確定された。新型インフルエンザA(H1N1)感染の入院患者の入院中の医療記録は、ダラス郡保健福祉局の疫学担当スタッフによってすべてチェックされた。入院患者の臨床的特徴が随時収集され、非典型例や、重症例についてはさらに詳しい調査が行われた。

新型インフルエンザA(H1N1)感染による急性期神経合併症例の定義を、新型インフルエンザA(H1N1)pdmウイルスの 気道感染が検査確定することに加えて、インフルエンザ様症状出現後5日以内に、他に原因の考えられない痙攣、脳症、または脳炎を合併することとした。脳症は24時間以上持続する意識障害を定義とした。脳炎は脳症に加えて38℃以上の発熱、神経巣症状、髄液細胞増多、脳炎を示す脳波所見、炎症を示すような神経画像所見のうち2つ以上を満たすものと定義とした 1,2)

4月22日から7月20日の期間に新型インフルエンザA(H1N1)感染による神経合併症例として疑われたのは7例であった。このうち3例は、神経症状の原因が他に考えられたり(早産による低カルシウム血症と無呼吸)、脳症としての症例定義に当てはまらない(24時間以内の意識障害)として除外された。ここに記載するのは残りの4例であるが、一人の患者(患者A)についてはダラスにある地域病院から5月18日に最初に報告され、他3例はCMCDから5月23~27日の間にダラス郡保健福祉局へ報告されている。7月20日までのところ、それ以外には報告はない。

CMCDに入院した3人全員から鼻咽腔スワブ検体が採取され、Directigen EZ Flu A+B rapid enzyme immunoassay (EIA)、QuickVue Influenza A+B test (EIA)または、D3 Ultra direct fluorescent assayのいずれかの迅速キットでインフルエンザAとBに対する抗原検査が行われた。陽性検体はすべて郡保健福祉局に送られて、CDCが認証したプライマーとプローブを使ったreal-time reverse transcription—polymerase chain reaction(rRT-PCR)検査で新型インフルエンザA(H1N1)pdmウイルスの確認検査が行われた。髄液検体すべてに対し、季節性のインフルエンザウイルス、エンテロウイルス、パレコウイルス、アデノウイルス、ヒトパラインフルエンザウイルス血清型3型に対するrRT-PCR検査をCDCで実施した。また患者B,Dに対しては検査企業(Viracor社)において、その他のウイルス検査も実施された。

症例報告

患者A

5月17日、生来健康な17歳の黒人男性が、前日からの39.2℃に達する発熱、咳、頭痛、めまい、脱力のために地域病院の救急部を受診した。EIA法でインフルエンザA陽性と診断されて、オセルタミビルの投与を受けて帰宅となった。翌日になって、全身脱力感の増悪と、場所に関する見当識障害、問いかけに対する著明な反応低下のために、この患者は別の地域病院に入院した。身体所見上、患者は混迷状態にあり、病歴を取ることが出来なかった。また、肩以上に両腕を挙げたり、立つことが出来なかった。患者は入院当日の朝にオセルタミビルを一錠内服していた。頭部CT画像は両側の副鼻腔炎を示し、髄液検査は正常であった(表参照)。髄液の細菌培養の結果が陰性と判明するまでの2日間だけ、セフトリアキソン(ceftriaxone)が投与された。入院中は5日間1クール完了するまで、オセルタミビルが継続して投与された。第3病日には意識は正常に戻り、第4病日に後遺症なく退院していった。

患者B

5月23日、生来健康な10歳のヒスパニック系男性が、3分間持続する全般性強直間代性痙攣と痙攣後のもうろう状態のために、ダラス郡地域病院へ救急搬送された。40℃の発熱、咳、食欲減退、倦怠感の出現から4日後になって痙攣が出現した。家族によると、患者は発症前にインフルエンザ様の症状を示す他の子供と接触の機会があった。救急部に搬送された当初には発熱は認められなかった。胸部X線では左下葉の透過性低下があり、頭部CT画像では左前脳皮質に石灰化が偶然指摘された以外に異常はなかった。鼻咽腔スワブからEIA法でインフルエンザAが陽性となった。3時間後に2回目の全般性発作が起こり、3分間持続した。ロラゼパムとセフトリアキソンの経静脈投与が行われ、CMCDのICUへ転院となった。

CMCD入院時には発熱があり、意識混迷、傾眠状態であった。問いかけに答えることは難しく、ベッドから何度も抜け出そうとした。髄液検査では異常はなかった。痙攣予防のためにフォスフェニトインが静脈投与された。細菌性肺炎の可能性があるため、その初期治療としてバンコマイシンとセフトリアキソンが投与され、酸素飽和度が92%未満と低酸素状態であったためBiPAP(非侵襲的陽圧呼吸機)による呼吸サポートが行われた。また、抗けいれん薬の投与もおこわなれた。丸2日間の間、38.9℃に上る間欠的な発熱がみられた。入院4日目になって局所症状(右側注視)を伴った複雑性部分発作が遷延し、その後全般性発作となり、30~40分続いたが、ロラゼパム4回とフォスフェニトインの経静脈投与でなんとか抑えることができた。オセルタミビルとリマンタジンが開始された。脳MRI(磁気共鳴映像法)とMRA(磁気共鳴血管造影法)は異常なかったが、脳波検査では脳症に合致する所見があった(表参照)。彼の意識状態は徐々に改善し、入院7病日には正常に復し、後遺症なく退院し、オセルタミビル計5日間の投与と、レベチラセタム、アモキシシリン、クリンダマイシンの継続投与が行われた。

患者C

5月26日、1年前に単純熱性けいれんの既往がある7歳の白人男児が、咳、鼻づまり、倦怠感が2日間続いた後、痙攣が出現し、ダラス郡地域病院へ救急搬送された。入院当日に、患者は自宅の床の上に倒れ、2分以上続く上下肢の強直性運動を起こしているところを発見された。病院到着時には痙攣後のもうろう状態にあり、38.2℃の発熱があった。EIA法でインフルエンザAと診断された。血液・髄液検査、頭部CTで異常はなかった(表参照)。

同日、CMCDに転院搬送となったが、転院後は意識状態に異常なく、発熱も痙攣もみられなかった。脳MRIでは、感染や炎症などの場合にみられるものとは異なる、非特異的な異常信号が白質に見られた。脳波検査では局所的な脳機能異常がはっきりと認められた(表参照)。オセルタミビルとリマンタジンが入院時より開始され、神経学的後遺症なく入院3日目には退院し、両方の抗ウイルス剤の計5日間投与と、3ヶ月後の神経科医の診察まで継続してレベチラセタムの投与が行われた。

患者D

5月27日、喘息の既往のある11歳の黒人男児が、発熱と嘔吐のために入院した翌日に運動失調と間欠性の眼球回転と舌の突出からなる痙攣を発症した。患者の祖母が、患者の発症3日前に上気道感染症状を示しており、家庭での暴露が感染源として考えられた。受診前日に38.9℃の発熱、倦怠感、頭痛、腹痛、嘔吐があり、次サリチル酸ビスマスを2回、アスピリン(81mg)を1回内服した。CMCDを受診した時には発熱はなかった。神経学的診察所見では運動失調が認められた。入院後すぐに一過性の眼球の動揺、舌を突き出すような痙攣があった。EIA法でインフルエンザA感染が陽性となり、オセルタミビル、リマンタジン、セフォタキシム、アシクロビルが開始された。

入院後の最初の2日間は見当識障害、幻覚がみられ、問いかけや指示に反応することが困難であり、話すのはゆっくりであった。また脳症による呼吸中枢の障害があり、軽度の低酸素、呼吸低下状態に陥っていたためにフェイスマスクでの酸素投与を必要とした。胸部X線は正常であった。脳波検査では脳症に合致する所見であった。頭部CTでは異常はなかった(表参照)。入院4日目になって、患者の意識は回復した。オセルタミビルは5日間投与された。


編集記

季節性インフルエンザで神経合併症をきたすことは知られているが1-2)、これが新型インフルエンザではどの程度起こってくるのかははっきりしていない。本報告は新型インフルエンザの神経合併症に関しての初めての報告である。季節性インフルエンザで見られる神経合併症に関する二つの研究報告1-2)で述べられているように、脳機能が停止するような重症脳症や死亡といったものが含まれる典型的な病像と比べると、この4症例に見られた神経合併症はより軽症であった。痙攣が見られたのは4人中2人のみであったし、後遺症は見られず、死亡者も出ていない。従来、季節性インフルエンザでは主に小児において、神経合併症を併発するケースが多かったことと、今回の新型インフルエンザA(H1N1)では大人よりも小児での罹患が多い3)ことから、このまま流行が続けば小児での神経合併症例の報告がさらに増えてくるものと考えられる。医療者は、インフルエンザ様の症状に、痙攣、意識障害を合併した小児患者を診療する際には、季節性や新型インフルエンザA(H1N1)感染による神経合併症を鑑別診断に挙げ、重篤な後遺症を残す可能性についても留意しなければならない。

季節性インフルエンザでみられる神経合併症には認知、行動障害、局所神経障害、神経合併症による死亡までが含まれる4)。米国の2003-2004年シーズンでの報告によると、インフルエンザによる神経合併症は小児の場合、小児急性脳症・脳炎の5%程度、インフルエンザ関連死の6%を占めていた5)。日本では疫学的に、インフルエンザによる神経合併症の発症率が他国より高いと報告されている1)。日本ではインフルエンザ脳症の80%が5歳以下の子供に起こっており1,6)、典型的にはインフルエンザ発症後1~2日以内に神経症状が認められる1,6)。症状は痙攣、意識障害、錯乱、興奮、精神異常行動である1,6)。日本からの一連の報告では、50%近くが完全回復するが、20%に軽度の、10%に重度の後遺症が残り、20%が死亡する6)。

インフルエンザ脳症の神経画像所見は、正常になることもあるが、重症例では脳全体、あるいは両側の視床に脳浮腫がみられる。脳波検査は全体性に異常波が認められることがある1,2,4)。ウイルスは髄液からはめったに検出されないことから、神経症状はインフルエンザウイルスの気道感染の間接的な反応によるものなのかもしれない2,7)。

呼吸器症状と神経症状がある患者に対しては、インフルエンザウイルスを含む病原体検索検査が推奨される8)。医療者はウイルス性疾患に意識障害の合併した患者を診療する際には、Reye症候群のことも考えないといけない。この報告の中でも患者DはReye症候群とは診断されなかったが、サリチル酸含有薬を内服している。Reye症候群のリスクを上げるため、インフルエンザを含むウイルス疾患に対して、サリチル酸およびサリチル酸含有薬は用いるべきではない9)。

季節性や新型のインフルエンザ感染を疑う神経異常所見のある入院患者に対しては、出来るだけ早期に抗ウイルス薬を投与すべきである2)。呼吸器検体は適切に検査を行われるために、抗ウイルス薬投与前に採取されるべきであるが、検査結果を待って治療すべきではない。ただし、抗ウイルス薬はインフルエンザの合併症を減らすのに役立つことが知られているが10)、インフルエンザ脳症の後遺症予防に対しての効果は不明である。医療者は呼吸器系の検体も同時に適切に検査ができるところに送付すべきである。現在のところ、新型インフルエンザA(H1N1)のワクチンは利用できないが、CDCでは6カ月以上の子供には季節性インフルエンザのワクチン接種を疾患予防、合併症予防のために推奨している。

参考文献

1)Morishima T, Togashi T, Yokota S, et al. Encephalitis and encephalopathy associated with an influenza epidemic in Japan. Clin Infect Dis 2002;35:512--7.

2) Maricich SM, Neul JL, Lotze TE, et al. Neurologic complications associated with influenza A in children during the 2003--2004 influenza season in Houston, Texas. Pediatrics 2004;114:e626--33.

3) Dawood FS, Jain S, Finelli L, et al. Emergence of a novel swine-origin influenza A (H1N1) virus in humans. N Engl J Med 2009;360:2605--15.

4) Amin R, Ford-Jones E, Richardson SE, et al. Acute childhood encephalitis and encephalopathy associated with influenza: a prospective 11-year review. Pediatr Infect Dis J 2008;27:390--5.

5) Bhat N, Wright JG, Broder KR, et al. Influenza-associated deaths among children in the United States, 2003--2004. N Engl J Med 2005;353:2559--67.

6) Wada T, Morishima T, Okumura A, et al. Differences in clinical manifestations of influenza-associated encephalopathy by age. Microbiol Immunol 2009;53:83--8.

7) Ito Y, Ichiyama T, Kimura H, et al. Detection of influenza virus RNA by reverse transcription-PCR and proinflammatory cytokines in influenza-virus-associated encephalopathy. J Med Virol 1999;58:420--5.

8) Tunkel A, Glaser C, Bloch K, et al. Management of encephalitis: clinical practice guidelines of the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis 2008;47:303--27.

9) Belay ED, Bresee JS, Holman RC, Khan AS, Shahriari A, Schonberger LB. Reye's syndrome in the United States from 1981 through 1997. N Engl J Med 1999;340:1377--82.

10) Kaiser L, Wat C, Mills T, Mahoney P, Ward P, Hayden F. Impact of oseltamivir treatment on influenza-related lower respiratory tract complications and hospitalizations. Arch Intern Med 2003;163:1667--72.


                         

(2009/8/7 IDSC 更新)
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