国立感染症研究所 感染症情報センター
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細菌性赤痢 細菌性赤痢−2008年(2009年8月10日現在)



 細菌性赤痢は通常1〜3日の潜伏期の後に、全身倦怠感、悪寒を伴う急激な発熱で発症し、発熱が1〜2日続いた後、水様性下痢、腹痛、しぶり腹、膿粘血便などのいわゆる赤痢症状が出現する腸管感染症である。原因菌はShigella属の4つの菌種(S. dysenteriae、S. flexneri、S. boydii、S. sonnei)である。菌種は亜群とも呼ばれ、それぞれA群、B群、C群、D群に該当する。通常、S. dysenteriae、S. flexneri は典型的な赤痢症状を起こすことが多いが、S. sonnei では軽度の下痢、あるいは無症状で経過することが多いとされる。

 細菌性赤痢は1999年4月施行の感染症法に基づく2類感染症として、疑似症患者、無症状病原体保有者を含む症例の届出が、診断した全ての医師に義務づけられた。2007年4月施行の法改正により、細菌性赤痢は3類感染症に変更され、患者及び無症状病原体保有者が届出対象(疑似症患者は対象外)となった。無症状病原体保有者は、探知された患者と食事や渡航を共にした者や、患者と接触した者に対する保健所の調査などによって発見される。

 感染症法のもとで届け出られた細菌性赤痢の過去の年間累積報告数は、2000年843例、2001年844例、2002年699例、2003年473例、2004年604例、2005年553例、2006年490例、2007年452例であった。2008年の報告数(2008年第1〜52週に診断されたもの)は320例であり(図1)、それらのうち、患者(有症状者)は293例、無症状病原体保有者は27例であった。性別では男性146例、女性174例で、年齢中央値は32歳(1〜87歳)であった。確定または推定として報告された感染地域は、国内124例(38.8%)、国外196例(61.3%)であった。死亡例の報告はなかった(但し、届出時点以降での死亡については届出義務がないので十分反映されていない可能性があり、届出時点以降に患者が死亡した場合の追加報告を届出医師や自治体に依頼している)。



国内感染例:

 国内を感染地域とする報告は124例であった。22都道府県から報告があり、福岡県(48例)、東京都(8例)、埼玉県、千葉県、長崎県(各7例)の順に多かった。また、感染地域の都道府県としては、福岡県(50例)、埼玉県、大阪府(各6例)、宮城県、千葉県、長崎県(各5例)の順であった。福岡県を感染地域とするものとして、複数の飲食店における集団感染事例およびそれに関連した散発事例〔S. sonnei 計38例(患者33例、無症状病原体保有者5例)〕が報告された。調査の結果、これらの症例はいずれも輸入冷凍生鮮魚介類(イカ)が感染源として疑われた(http://idsc.nih.go.jp/iasr/29/346/kj3461.html)。この他に、福岡以外の複数の県において、S. sonnei に感染し、この食品との関連が疑われた散発例が計11例報告された。また福岡県では、この他に保育園に関連した集団発生〔S. sonnei 計10例(患者4例、無症状病原体保有者6例)〕があった。
 124例の性別は男性47例、女性77例で、年齢中央値は32歳(1〜87歳)(男性のみ35歳、女性のみ29歳)であった。年齢群別では、10歳未満21例、10代16例、20代18例、30代19例、40代11例、50代9例、60代12例、70代13例、80代5例であり、10歳未満、30代、20代の順に多かった。10歳未満には保育園関連集団発生、30代には保育園関連集団発生及び輸入冷凍生鮮魚介類関連の集団発生による報告が含まれている(図2)
 発症月は、集団発生の影響を受け7〜8月が多いが、集団発生を除くと、1月が12例で比較的多かった(図3)
 検出された菌種は、S. sonnei 92例、S. flexneri 32例であった(図4)



国外感染例:

 国外を感染地域とする報告は196例であった。感染地域別では、従来と同様にアジアが156例(79.6%)と際立って多く、次いでアフリカ24例(12.2%)であった(図5)。国別では、アジアのインド、インドネシア、カンボジアの順に多いが、これに次いでアフリカのエジプトが多かった(表1)。報告数の多い感染地域や感染国の傾向は、従来とほぼ同様であった。
 196例の性別は男性99例、女性97例で、年齢中央値は32.5歳(1〜79歳)(男性のみ35歳、女性のみ31歳)であった。年齢群別では、10歳未満4例、10代1例、20代71例、30代51例、40代21例、50代28例、60代17例、70代3例であり、特に20代、30代が多い傾向は従来どおりであった(図2)
 発症月は、6月と11月(各19例)、1月、2月、9月(各16例)が多く、従来認められた長期休暇を反映した季節性は、2008年は認められなかった(図3)
 検出された菌種は、S. sonnei 132例、S. flexneri 40例、S. boydii 16例、S. dysenteriae 4例、菌種不明4例であった(図4)。日本を含む感染国毎の報告数を、菌種別に表に示した(表1)
 国外感染例の診断及び報告数の増減に関しては、現地における流行状況や流行地への渡航者数など様々な要因の関与が考えられるが、検疫法改正によりコレラが検疫感染症でなくなったことから、2007年6月以降は、検疫所で下痢などの申し出のあった者に対する検便が実施されなくなった。有症状者であっても、症状が軽いなどの理由で入国後に医療機関を受診しない者もいることが予測されるので、この点も報告数減少に影響する一要因として考慮する必要があると考えられる。届出施設の集計が可能となった2006年4月以降の報告についてみると、検疫所からの届出は、2006年(4月〜)は国外感染例として報告された282例中105例、2007年は287例中81例(うち1〜5月が71例)、2008年は196例中1例もなかった。


症状:

 患者293例について、報告された症状をみた。届出票にあらかじめ記載されている症状では、下痢276例(94.2%)、発熱198例(67.6%)、腹痛181例(61.8%)、しぶり腹47例(16.0%)、膿粘血便46例(15.7%)であった(表2)。膿粘血便は、原因菌種がS. flexneri の症例(33.3%)でS. sonnei の症例(10.4%)に比して高率であった。また、その他の症状として自由記載されていたものでは、嘔気・嘔吐18例(6.1%)、頭痛9例(3.1%)が多かった。
 患者293例で検出された菌種は、S. sonnei 201例(同菌種総数224例の89.7%)、S. flexneri 69例(同72例の95.8%)、S. boydii 15例(同16例の93.8%)、S. dysenteriae 4例(同4例中の100%)、菌種不明または同定不能4例であり、一方、無症状病原体保有者27例では、S. sonnei 23例(同224例の10.3%)、S. flexneri 3例(同72例の4.2%)、S. boydii 1例(同16例の6.3%)であった。
 赤痢菌は腸管出血性大腸菌と同様に、微量の菌により感染が成立するため、感染が拡大しやすく、健康被害も生じやすい。特に小児や高齢者では重症化しやすいので注意が必要である。近年日本で発生している細菌性赤痢の過半数は国外感染であり、国内感染についてはそれらの国外感染者からの二次感染や輸入食品の汚染による感染が推測されている。細菌性赤痢の感染予防策としては、充分な加熱調理や石鹸による手洗いの励行が基本である。渡航に際しては、渡航先の流行状況を把握すると共に、流行地へ渡航する場合には生水、氷、生の魚介類、生野菜、カットフルーツなどの喫食を避けることが肝要である。さらに二次感染を防ぐためには、患者や無症状病原体保有者を早期に探知して治療し、排菌しなくなったことを確認する必要がある。



(補)細菌性赤痢のサルの報告

 細菌性赤痢はサルの間にも感染がみられ、ヒトへの感染源となり得るため、2004年10月1日施行の感染症法施行令の改正により、細菌性赤痢のサルを診断した獣医師に届出が義務づけられた。2004年には報告はなく、2005年に5都道府県から45例、2006年に6都道府県から45例、2007年には3都道府県から51例、2008年には4都道府県から29例の報告(2009年11月11日現在)があった。報告されたサルのほとんどは輸入後の検疫(法定検疫または自主検疫)によって発見されたものである。



感染症発生動向調査週報 2009年第48号に掲載)


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