国立感染症研究所 感染症情報センター
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インフルエンザ

 最近、東京都内や大阪堺市でセラチアによる、集団感染が発生し死亡者も出るなど、一般の関心も高まりつつあります。そのため、多くの医療関係者などの方々より、「セラチアとはどのような菌なのか」、「分離された場合、どのように判断すべきか」、「対策はどのようにする必要があるか」など様々な御質問が、寄せられておりますので、これらの点についてまとめてみました。

  1. セラチアとは
  2. セラチアによる感染症
  3. セラチアが血液などに侵入する原因や経路
  4. 通常のセラチアと「多剤耐性セラチア」
  5. 必要な対策のレベル
  6. まとめ
  7. 追加

(2000年8月25日現在)

セラチアとは?
 セラチアは、大腸菌や肺炎桿菌などに近い細菌で、正式には"Serratia marcescens"という学名で表記されます。
 赤い色素を産生する株もあり、パンがキリストの血で赤く着色するキリスト教の故事に因んで「霊菌」と呼ばれることもあります(写真)

 糞便や口腔などからしばしば分離される常在菌の1種ですので、この菌が分離されたからといっても、ただちに「異常」や「病気」と言う分けではありません。

Serratia marcescens

セラチアによる感染症
  セラチアは、蜜蜂に感染すると、蜂が死ぬ事がありますが、人に対しては弱毒性で、健常者の場合、セラチアが皮膚に付いたり、たとえ口から入っても、腸炎や肺炎、敗血症などの病気(感染症)になることはありません。

 セラチアの感染が問題となるのは、手術の後や重篤な疾患などが原因で感染防御能力が低下した際の感染症(いわゆる日和見感染症)で、特にセラチアが血液、腹水、髄液などから分離される場合です。そのような場合には、セラチアが産生するエンドトキシンにより血圧が急激に下がったり(ショック状態)また、その結果、腎臓や肝臓の機能が障害され、「多臓器不全」という状態に陥ると、死亡する危険性が高くなります。


セラチアが血液などに侵入する原因や経路
(1)内因性感染症
 癌の末期や極度の免疫不全状態などの際、腸管からの細菌の侵入を阻止しているバリアの機能が低下し、腸管内に常在している菌が血液中に侵入し、菌血症や敗血症を引き起こす場合

(2)感染症に伴う場合
 腎盂炎などの際に腎臓から血液中に菌が入る場合や、重症の肺炎や術創感染症などに伴って、菌血症や敗血症になる場合

(3)外因性感染症
 セラチアにより汚染された注射剤や輸液ルートが原因で、血液中に菌が人為的に送り込まれる場合


通常のセラチアと「多剤耐性セラチア」
写真1. 通常のセラチア 写真2. 多剤耐性のセラチア

 健常者の糞便などから分離される「通常のセラチア」は、ペニシリン(ABP)やセファロチン(CET)など初期のセファロスポリン系抗生物質に耐性を示しますが、セフォタキシム(CTX)やセフタジジム(CAZ)などの第三世代セファロスポリン系抗生物質やラタモキセフ(LOX)などのオキサセフェム系β-ラクタム薬、セフミノクス(CMN)などのセファマイシン系β-ラクタム薬、イミペネム(IPM)などのカルバペネム系β-ラクタム薬などに対し良好な感受性を示します(写真1)

 一方、各地から分離されつつある、「多剤耐性セラチア」には、CTX、CAZ、LOX、CMN、IPMなどに広範な耐性を示すのみならず、アミカシンなどのアミノ配当体系抗生物質や、合成抗菌薬であるレボフロキサシンやシプロフロキサシンなどのフルオロキノロン系抗菌薬にも耐性を示すものがあり(写真2)、それらの動向が警戒されています。特に、IPM耐性には、IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼの産生が関与しており、感染症や化学療法の専門家の間で警戒が高まっています。

 つまり、普通の黄色ブドウ球菌とMRSA、普通の腸球菌とVREが臨床的に区別して扱われているように、普通のセラチアと「多剤耐性セラチア」は、治療や対策の際に、区別して取り扱われる必要があります。


対策に必要なレベル
(A)患者毎の対応で良い場合
 
上記の(1)や(2)の場合で、写真1に示すような通常のセラチアによる感染症が散発的に発生している場合は、個々の症例毎に、感染原因の特定や抗菌薬の投与など感染症の治療が中心となります。

(B)院内感染対策が必要な場合
 
(3)のように、複数の患者の血液、髄液などの「無菌的」臨床材料から、同時期にセラチアが分離された場合には、何らかの共通の感染源が存在する可能性があり、普通のセラチアであっても、感染原因の究明と対策が必要になります。

 しかし、写真に示すような、多剤耐性を獲得したセラチアが分離された場合には、内因感染症で、単発例や散発例であっても、MRSAやVREと同様に、医療施設内での拡散を防止する対策が必要となるでしょう。


まとめ
(A)セラチアに対する特別な対策や治療が不要な場合
1:通常のセラチアが、便や喀痰などから散発的に分離されるものの、患者は感染症の症状を示さない場合

2:気管支炎などの患者の喀痰などから他の菌に混じってセラチアが少数分離されるが、セラチアが感染症の主因となっていない場合(この場合は感染症の主起因菌に対する治療が優先する)

(B)調査が必要な場合
1:喀痰や尿などからのセラチアの分離数や分離率が急に増加した場合
 (セラチアによる院内環境の汚染が背景に存在する可能性がある)

2:血液などの無菌的であるべき臨床材料からセラチアが散発的に分離される場合(輸液ラインなどの汚染など、散発的な外因性感染症を考える必要がある)

(C)緊急調査と対策が必要な場合
1:特定の病室や病棟で複数の患者の血液などから同時期にセラチアが分離された場合(注射剤などの汚染が感染原因である事を否定する必要あり)

2:イミペネムなどに耐性を獲得した多剤耐性セラチアが分離された場合
 (内因感染症の単発例や散発例であっても、周囲の患者への拡散を防止する必要あり)


追 加
(A)我が国では、IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼを産生し、第三世代セフェム薬やセファマイシン薬、カルバペネム薬に広範な耐性を獲得した多剤耐性セラチアが各地の医療施設で分離されています。このような耐性菌の分離率は4%程度と推定されていますが、一部の施設では、より高い分離率となっているところもあるようで、その動向を警戒する必要があります。

(B)多剤耐性セラチアが便や喀痰から少量分離された場合、感染症の原因となっていなければ、抗菌薬の投与による除菌は一般的には必要ありません。しかし、この種の耐性菌による、医療施設内の広範な環境汚染を防ぐため、現時点では、VREと同様な拡散防止対策は必要と考えられます。

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