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※プライマー表に訂正がありましたので更新しました。お詫び致します。(03/10/24)

2003/10/24



RT-PCR法によるSARSコロナウイルス遺伝子の検出

(国立感染症研究所ウイルス第三部)

 

はじめに

 現在 WHO webサイト(http://www.who.int/csr/sars/primers/en/)には、RT-PCR法でSARS-コロナウイルスのポリメラーゼ遺伝子を検出するための約10種類のプライマーセットが公表されている。これらは、特異性は高いものの感度が鈍いという欠点があり、このため使用するプライマーセットによっては偽陰性による見落としの可能性がある。感染研においても、これらプライマーを用いて至適条件を検討しているが、陽性の臨床検体が限られていることから、現在のところ臨床材料から高感度にウイルス遺伝子を検出できる条件を決定するには至っていない。しかしながら、今回各地方衛生研究所等でSARS-コロナウイルスの遺伝子検出試験が実施されるに際して、不完全ではあるが感染研で行っているRT-PCR法について解説し、参考として供することとした。

 PCRの感度は使用する酵素のメーカーやPCRチューブの材質、サーマルサイクラーの機種によっても大きく影響を受けることが知られている。現在まで感染研が行った検討においてはNPconS2/As1のプライマーセットを用いると、比較的高感度にウイルス遺伝子を検出できると考えているが、米国(CDC)、香港、フランクフルト等の研究施設からSARS-コロナウイルスの全塩基配列が報告されていることから、今後さらに検出感度の高いプライマーの設計、RT-PCR条件の改良等を行っていく予定である。

 従って、実施される各地方衛生研究所等の現場担当者の方々からの提案等についても検討をして、共同で検出方法の手順の標準化を行っていきたいので、引き続きご協力をお願い致します。


<原則>
現時点では、ここに示すプライマーを用いたRT-PCR法は、感度、検体の採取日、個人差等で偽陰性となることがあるので、陰性の検査結果はSARS-コロナウイルス感染を否定するものではないことに注意していただきたい。

<PCR陽性検体が確認された場合の対応>

1

陽性結果が出た際には、直ちに陽性と判断してはならない。異なる検査施設においてダブルチェックを行うとのWHOの指針に基づいて、最初の臨床検体を感染研に送付し、確認試験を行った上で最終的に判定すること。

2

現時点では、PCR陽性となる病日、検体の種類、個人差などの成績が十分に集積していないので、1検体のみでの判定では信頼性が低い。PCRの結果の解釈に関しては、PCRの結果およびウイルス分離結果を、ペア血清における抗体価の測定結果と比較検討していく必要がある。

3

PCRで陽性例が検出されたときの具体的な対応としては、異なるプライマーセットで再度PCRを行い、予想されるバンドが増幅されるか確認し、さらに塩基配列の決定によりPCR産物を確認する(詳細はマニュアルを参照)。

<RT-PCR法の実際>

1.プライマーについて

感染研ではWHO webサイトおよび論文で公表されている約10種類のプライマーについて、分離ウイルスを陽性対照として種々のPCR条件で検出感度を検討した。それらの中で比較的感度が高かったプライマーは表の4セットである。

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2 各プライマーセットの感度比較
  NPconS2/As1: 10 -7
  SAR1s/as: 10 -7
  Cor-p-F2 (+)/R1(-): 10-6〜10-8
  Cor-p-F3 (+)/R1(-): 10-6〜10-8

3 Restriction fragment length polymorphism (RFLP)法による解析

NPconS2/As1を使用したPCRで得られる陽性産物は、制限酵素XhoIで37℃、1時間処理すると188bp + 63bpに切断される。

Cor-p-F2 (+)/R1(-)およびCor-p-F3 (+)/R1(-) を使用したPCRで得られる陽性産物は、制限酵素FspI (NEB) で37℃、1時間処理すると以下の泳動像が得られる。
  Cor-p-F2 (+)/R1(-): 268 bp + 100 bp
  Cor-p-F3 (+)/R1(-): 268 bp + 80 bp



4 PCRの非特異反応産物について
 臨床検体のRT-PCRを行う場合しばしば非特異反応が問題となる。感染研におけるSARS-コロナウイルス検査の際も、SARS1s/as 、Cor-p-F2 (+)/R1(-)、 Cor-p-F3 (+)/R1(-)を使用したPCRで喀痰、尿および便から非特異反応産物を検出した。NPconS2/As1を使用したPCRでは非特異反応産物は見られなかった。
 非特異反応産物は、そのサイズが陽性コントロールと明らかに違う場合はそれほど問題にならないと思われる。しかし、似通ったサイズの場合には、RFLP法やシークエンス反応による塩基配列の決定を行う必要がある。

5 感染研で現在行っている検体からのRNA抽出およびRT-PCR法の詳細

1)検査の流れ
・NPconS2/As1で最初のスクリーニングを行う。
・最初のPCRで陽性が疑われる場合には、
 → PCR 産物を制限酵素XhoIで切断し確認する。
 → PCR 産物の塩基配列を決定する。
 → 別のプライマーセットで臨床検体またはRT産物から再検を行い、RFLP法による解析および塩基配列の決定を行う。

2)RNA抽出
 ウイルスRNAの抽出には市販のキット(例えばQIAamp Viral RNA Mini Kit(QIAGEN))を使用し、方法は添付のマニュアルに準拠している。

検体の処理方法
 血清、尿、検体を接種した細胞培養上清等の液体状のサンプルは140μlをAVL buffer 560μlと混合し、それ以降のステップに使用している。その他の主な検体の処理方法は以下の通りである。

喀痰:
 QIAamp Viral RNA Mini Kitでは検体の粘性を除く前処理を必要とする。検体の粘性を除く方法として以下の方法が報告されている。検体に対して等容のNALC バッファー( 0.9% NaCl, 10g/L N-acetyl-L-cysteine ) を添加し、穏やかに30分間振盪する。遠心して上清を140μlを抽出に使用する(N Engl J Med. 2003 348:1967-1976)。

鼻咽頭拭い液、洗浄液、吸引液:
 140μlをAVL bufferと混合する。洗浄液、吸引液に粘性がある場合は喀痰と同様の処理をする。

便:
 適量を5〜10倍量の0.89% NaCl溶液に懸濁する。4000×gで20分遠心後、上清を0.22μmのフィルターで濾過し、140μlをAVL buffer 560μlと混合する。

組織:
 組織からのRNA抽出にはQIAGEN RNeasy Mini Kitを使用している。適量をRLT bufferに入れ、ペッスルで破砕する。20ゲージの注射針をつけた1mlディスポーザブルシリンジで液の出し入れを繰り返し、さらに細かく破砕した後、遠心して上清を使用する。

RNAの溶出
 最終的に60μlのAVE bufferで溶出し、50μlを逆転写(RT)反応に使用する。

3)逆転写(RT)反応
 市販のキット(現在はReady-to-Go RT-PCR Beads*(Amersham Biosciences))を使用してRT産物を合成している。プライマーは付属のpd(N)6 プライマーを0.5μg/μlに希釈して使用する。
* Ready-to-Go RT-PCR Beads(Amersham Biosciences)はOne-stepでPCRまで行うことのできるキットだが、感染研では試薬調製の手間を省くためこれをRT反応に使用し、RT 産物の一部を次のPCRに使用している。


  RNA                50μl
  pd(N)6 primer (0.5μg/μl)     1μl
  以上をBeadsの入ったチューブに入れる
     ↓
   42℃ 30分
   95℃  5分
     ↓
   5μlをPCRへ、残りを-80℃で再検用に保存。

 このように精製したRNAからcDNAを合成しておくことによって再検に使用でき、RNAを保存したものより安定した結果が得られる。

4)PCR
 市販のキット(PCR Master Mix (Promega))を使用している。サーマルサイクラーはBioRad iCycler(0.2mlチューブ)を使用している。

   RT product            5μl
   Forward Primer (10μM)      1μl
   Reverse Primer (10μM)      1μl
   Nuclease free water       18μl
   PCR Master Mix, 2×        25μl   
     ↓
    95℃  4分
     ↓

95℃  30秒
   52〜56℃  30秒
   72℃  1分

×40

     ↓
   72℃  7分


(注意1):本プロトコールで特定のメーカーの商品名を示しているのは、それらの使用を推奨しているものではなく、本研究所での実施条件を明らかにする目的からである。

(注意2):現在、SARS-コロナウイルス検出用として市販されている種々のPCRキットについては、現時点では性能試験または研究用にのみ使用し、診断用に使用してはならない。

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