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2003/6/24

重症急性呼吸器症候群(SARS)−83



WHOによる重症急性呼吸器症候群(SARS)
多国同時集団発生の報告
(6月18日、更新第83報)

集団発生100日目

明日は、WHOが世界に向けてSARSの脅威に関して、3月12日に警報を発してから100日目にあたる。その当日に、香港、ハノイ、シンガポールの病院に驚くほど集中して55症例が確認されて以降、1ヵ月の内に集団発生はすべての大陸にわたり20ヵ国で、およそ3,000例の症例と100例以上の死亡を引き起こし、爆発的に広がった。

このころまでには、SARSの一般的像は、未だに謎に包まれた疾病に対し適切なイメージである、マスクに象徴されるようになった。この疾患は、4月17日に起因病原体が最終的に特定されたが、ワクチンも無く、有効な治療法も無く、全体の致死率は15%あり、多くの解明されていない特徴を持っている。これに続く数週間が明らかにしたように、SARSはまた予想外のことが多かった。

今ではSARSは、2002年11月後半に初発症例が中国南部で発生したことが分かっている。2月の終わりに香港のホテルの9階に1泊した、ひとりの感染した医師により、そこから運び出された。彼は同じ階に宿泊、あるいはそこを訪問した人のうち最低16人に感染を広げた。未だに、その感染伝播のダイナミックスに関して完全には解明されていないこのひとつの出来事から、SARSは国際的に広がっていった。

症例数は4月23日に4,000例を超え、その後4月28日には5,000例、5月2日には6,000例、そして5月8日には7,000例へ急激に増加し、この時症例は30ヵ国から報告されていた。5月の始め頃の、世界的集団発生のピーク時には、毎日200例以上の新規症例が報告されていた。新規感染者の検知速度はその後落ち、5月22日に8,000例を超えた。

6月中には、新規症例数は徐々に減少し、現在のように毎日一握りの数となった。集団発生が起こった国々はすべて、症例をすべて、迅速に報告しているとWHOは自信を持っている。なぜなら、SARSは長く隠し通すには大きすぎる疾患だからである。少なくとも現在の初期の段階では、世界的集団発生であったこの疾患は、明らかに制御されつつある。

症例数が減少したことは、しばしば急速に「燃え尽きる」新興の感染症に起こるように、SARSウイルスの、毒性や感染力の変化によって説明できる「自然現象」ではない。それよりむしろ、SARS症例数の劇的な減少は、十分に情報の提供を受け、協力的な一般の人々の支援を得て、政府の担当部局と医療スタッフが不朽の努力をした結果である。

この成果は、特に困難で危険な新興疾患であるSARSの特性を考えたとき、一層深い感銘を与える。

SARSは、国際化した社会を襲った、最初の重症かつすでにヒト社会で伝播可能な状態にある新興感染症である。今日までのその歴史がそれ自体、新しい感染症の壊滅的な拡大とその封じ込めにおける連携の両方にとって、最も好ましい状況を明らかに示している。それは結局、密接に相互に関連した、相互に依存し合った、高度に流動的な世界という特徴ということになる。負の側面は、国際旅行の機会の増加がSARSを前代未聞の速度で世界中へ広げることを許したことである。また、経済および市場の密接な相互依存の関係が、SARSの影響を著しく増強し、その上、即事に配信される電子媒体がしばしばパニックにまで一般の警戒心を高め、SARSによる社会的、経済的混乱をさらに増幅するのも負の側面である。

ちょうどエボラ出血熱が新しい疾患による恐怖を象徴するようになったと同様に、SARSは国際的になった社会における感染症の広がりを如実に描き出した。いずれの場所における集団発生も、すべての国々をリスクに曝す。SARSの、そして他のあらゆる流行の可能性がある疾患においても、その封じ込めには前例の無い様な一致団結を必要とし、そのような努力をすべての国家が自らの利益に繋がる行動として行う必要がある。

今日までの成功は、国際的な連携がSARSを急速に封じ込めた原動力であることを示している。

明るい面をみると、電子コミュニケーションの発達で、研究者、疫学者、臨床家の「バーチャル」ネットワークの設立が可能となり、これらの人々は競争を棚上げし、記録的時間でSARSの起因病原体の特定、その遺伝子配列の決定、臨床像の決定、感染伝播の様式の調査を行うために昼夜を分かたず協力した。

世界が電子的に相互に結びつけられていることはまた、SARSの最初の世界的警報が効果をあげるのに貢献した。3月12日の最初の警報は、3日後により強く、詳細な警報が続いて出されたが、SARSの歴史の初期に明らかな一線を引いた。この警報の発令以前に症例が出ていた地域は、最も深刻な集団発生を経験した。これらは、香港、ハノイ、シンガポール、トロント、中国で発生した。3月12日前には、これらの地区のすべてで、医療従事者たちは、新たな疾病が出現し医療施設内で広がっていることに気づいておらず、患者の生命を救おうと健闘する際に自らを防御する予防措置を何も取らなかった。SARSはこれらの医療機関で急速に広がり、その後より広い地域へと広がり、症例を他の地域へ「輸出」することになった。

明らかに台湾を例外として、警報後に輸入症例を経験した他のすべての地域は、完全にそれ以上の感染の広がりを防止することができたか、あるいはそれ以降の症例数を非常に少数に抑えることができた。多くの観察者がこの(感染防止の)成功を、警報の発令に引き続き取られ、メディアの責任有る報道に大きく助けられた高いレベルの警戒と準備対策によるものだと考えている。

主要な対抗手段:体温計
今日までに学んだ最も重要な教訓のひとつが、仮に最新の感染制御技術が無くとも、強い責任感を持った政治的取り組みが集団発生の封じ込めに決定的な威力があるということである。SARSは特筆すべき規模での、熱心でたゆみ無い数世紀も続いた感染制御対策の実行によって、ほぼ制圧するところまで来ている。すなわち、隔離、接触者追跡調査と経過観察、検疫、渡航制限によってである。この他に有効な対策としては、他の病院への拡大のリスクを最小にするためのSARS専門病院の指定、公衆の教育と症状の迅速な報告の促進のためのマスメディア・キャンペーン、救急医療への負担を軽減するために「発熱診療所」を設立する等を含めた、他の新興感染症の多くでも取られたものがある。空港や他の国境地点での、発熱のチェックによる特定の集団のスクリーニングも効果的であった。

これらの対策のすべてが、感染伝播の連鎖の断絶へ向けてのひとつの鍵となる段階である、新たな感染源の迅速な検知と隔離に寄与した。一般の人々の協力的姿勢と実際の行動の重要性は言うまでもないが、SARSを制御するために最も重要な「道具」をひとつ挙げるなら、間違いなく「体温計」である。

ベトナムは4月28日に、同様にフィリピンは5月20日に、シンガポールは5月31日に感染伝播の連鎖を断った。「どうしても必要な旅行」以外の渡航を延期するようにという勧告は、中国の北京を除いて解除された。

SARS封じ込めにおけるこれらの目標を達成するに当たり、最も深刻な影響を受けた国々では、彼らの医療システムの長期に渡る短所を発見し、すべての疾患の対策に対しての恒久的改善につながる形で早急に改善した。これに加え、情報の収集と報告のシステムと、一般の人々へ隠し立てなく、率直に情報を提供する新しい形式が、次の新興感染症が起こる時、あるいは次のインフルエンザの世界的流行が発生した時に世界にとって大いに役に立つであろう。

一年間はサーベイランスと警戒の継続が必要である
SARSは繰り返しその抵抗力を明らかにしており、最近ではトロントで症例が再び増加している。今週のクアラルンプールでの会議に参加している研究者たちによって明らかにされた様に、SARSは最高の対応計画の裏をかくこともできるし、最高レベルの警戒も注意もすり抜けることもできる特徴を持っている。未だによく分かってはいないが、適当な条件下では、ひとりの感染力のある人が最悪の場合、およそ100人の感染に結びつく一連の感染伝播の連鎖を引き起こすことが知られている。シンガポールでは、5人の患者によって、集団発生に関与した206例中103例が引き起された。

SARSの症状が他の疾患のために覆い隠された場合に、もうひとつの重大な問題が発生する。そのような患者は注意を引かず、隔離あるいは厳格な感染予防措置による管理をされていないし、訪問者の制限も無く、更に治療を受けるためあるいは検査のために頻回に他の病院へ紹介されるため、多くの意外な症例の集積群が、彼らによって引き起こされている。

SARSは明らかに制御されつつあるが、警戒を続けることはかつて無いほど重要となっている。すべての地域でヒト−ヒト感染の伝播経路の連鎖を阻止する可能性は未だ残されている。しかしながら、多くの科学的に未解決な疑問点が残されているために、特にウイルスの起源と感染伝播全体における環境の汚染が果たす役割に関して分かっていないことから、WHOは最低1年間一杯はサーベイランスを続け、この疾患が定着したかどうかを知り、サーベイランスと報告のシステムが脆弱な国へ症例が検知されることなく広がっていないことを確認する必要があると見ている。もしも、この疾患が定着しなかったとしても、次の大きな難関は、動物宿主の存在と季節的回帰の可能性に関する問題点である。科学者たちは、SARSウイルスが、エボラウイルスのように自然界のどこかに隠れていて、新しいヒト宿主の間で効果的に感染拡大できるように状況が整った時に再度戻ってくるだけである、という可能性をぬぐい去ることができない。

最後に、本日の会議において言及されたように、治療開始時に利用できる適切な診断検査の開発に高い最優先順位が与えられなければならない。このような検査法の入手が可能となるまでには、未だしばらく掛かるが、異型肺炎のすべての症例が疑いを招き、パニックを引き起こす可能性を秘めている。病院を中心とする呼吸器症状のある発熱患者の集積群のすべてを、詳細に調査する必要があると思われる。発熱と咳を伴うすべての人が海外渡航を禁止される可能性がある。

世界中でSARSの症例が1例でも存在するか疑われたならば、そしてこのウイルスの起源に関する根本的な疑問が解決されずに残っている限り、すべての国々は警戒を続けて行く必要がある。

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