IDSC 緊急情報トップ >
 

 

2003/6/2

重症急性呼吸器症候群(SARS)−70



WHOによる重症急性呼吸器症候群(SARS)
多国同時集団発生の報告
(5月30日、更新第70報)


シンガポールがSARSの「地域内伝播」がある地域の一覧から除外


5月31日土曜日をもってシンガポールは、SARSの「最近の地域内伝播」があった地域の一覧から取り下げられる。これは、5月11日に最後の地域内での感染者が隔離され、20日が経過したことを受けての変更である。

この20日間というのは最大潜伏期の2倍に当たり、確立された疫学的原理に基づき、感染伝播の連鎖が断たれたことを示す、信頼できる指標となる。

5月11日の症例は、シンガポールが当初先の一覧から取り下げられる予定であったその日にWHOに報告された。これは、報告が迅速かつ透明性をもって行われていることを示す顕著な一例である。

「シンガポールのSARS集団発生に対する対応は、最初から模範的なものであった。これはすばらしい勝利で、すべての場所でSARSを封じ込めることができると、我々すべてを楽観的にさせる」と、WHO感染症局の局長David Heymann博士は述べている。

警戒を続け、特に症例の輸入を未然に防ぐことは非常に重要であるが、WHOは5月31日の朝をもって、もはやシンガポールを出国する海外旅行者に対する出国時スクリーニングの勧奨をしない。地域内伝播が潜伏期の2倍の期間にわたり無いと言うことは、居住者にも、旅行者にもシンガポールでSARSに罹患するリスクはないということである。

シンガポールでの集団発生の管理は、多くの特に難しい問題に直面した。最初の非定型肺炎の患者は3月9日に報告された。この時点ではSARSはまだ、院内で容易に拡大していく新しい疾病であるとは認識されていなかった。その結果、病院職員は、患者の隔離と自分たちを感染から防御する必要性にまったく気づかなかった。

ウイルスは当初、病院職員、患者、病院来訪者と彼らの密接な接触がある家族の間に急速に広がった。その後に、SARSの決めてとなる症状を覆い隠してしまう基礎疾患を持った患者が感染し、他院へ搬送され別の患者と同じ病室へ置かれて、適切な防護装備無しに看護管理されたことから、病院間の感染拡大が起こった。

シンガポールの集団発生はさらに、幾人かのいわゆる「スーパー・スプレッダー」によって拡大された。これは、非常に効率よく他の人へウイルスを広げていく個人のことであるが、その理由は未だに解明されていない。たとえばこの疾患は、2月の中国広東省から来た医師が香港のMetropole Hotelに宿泊していた同時期に、同じ階に滞在していた一人の若い女性によってシンガポールへ持ち込まれた。この医師は、中国本土からSARSウイルスを初めて持ち出した人であるが、最低13人のホテル客と来訪者を感染させた。シンガポールに帰国したその若い女性は、その後23人の感染者を出した。

SARSウイルスが一般社会に広がっていったのは、混雑した卸市場で感染していた野菜の小売業者を通してのことであった。市場の閉鎖、接触者追跡調査、400人以上に上る自宅隔離(半強制的なもの)を含む、政府による迅速な対応で、感染の拡大をこの後わずか15人に抑えた。

結局、シンガポールの206例の「可能性例」のうち144例が、わずか5人の個人への接触と結びつけられた。

幾つかの症例では、SARSの感染伝播がタクシー、エレベーター、病院の廊下などの状況で起こっている。これらの場所では、曝露は感染飛沫への直接の対面接触以外の経路で起こった可能性がある。この一般的でない感染様式のため、接触者追跡調査と自宅隔離の方針と対象を拡大する必要が生じた。

保健当局はこれらの問題点すべてに対して特別な対策を取り、新しい問題が発生するたびにその対策を修正することで対応した。
5月29日に衛生署(保健省)から送られた公式の連絡で、WHOは、調査の結果、シンガポールの報告症例のうち、1例を除きすべてについて感染源が特定されたという報告を受けた。

常に特別な予防対策や難しい決断を必要とする集団発生の対応において、唯一の成功と呼べるのは、このように感染症の封じ込めと感染経路の完全な解明が行われた場合である。

シンガポールのサーベイランスは、非常に感度の高い症例定義を用いている。この定義は、SARS症例との接触の如何にかかわらず、SARSを示す可能性のある症状を持つ人のほぼ全員を調査し経過観察するために、検知する。これとは独立した、病院ベースのサーベイランスシステムは、院外で感染した肺炎の症例をモニターする。なぜシンガポールでは把握もれの症例が少なく、発症から隔離までの期間が短かく、結果として感染拡大の機会を減少させたのかが、この「大きく網を広げた(wide net)」手法によって説明されると考えられる。

新たな症例が他の症例(との接触)へと遡れないとき、あるいは有症状例が隔離に先立ち数日間地域内で活動していたときには、地域内の伝播が大きな懸念となる。

シンガポールは、接触者追跡調査と自宅隔離の(強制)執行に軍隊の援助を得た。発症の10日前までに患者の家庭内、社会、病院、職場における接触者であった者すべてが、感染源を特定するために遡り調査された。SARS患者の発症時から隔離までの間に接触があったと特定された者は、自宅隔離下に置かれた。

この他の対策としては、空港、海港における旅行客のスクリーニング、単一のSARS指定病院への患者の集中、すべての公的病院への見舞い客立ち入り禁止規則の義務化、SARSの可能性のある症例を指定病院へ搬送するために、それ専任の民間救急サービス会社を利用することなどが含まれる。

これに加え、集団発生の管理においては、WHO共同研究ネットワークの一員であるシンガポール総合病院のウイルス部(Virology Unit, Singapore General Hospital)を含む、質の高い臨床検査サービスによる恩恵を受けた。

これらの対策の有効性を示すひとつの指標として、シンガポールのSARS症例の80%が他の人へ感染を伝播しなかったという事実があげられる。

総合すると、このような努力によりシンガポールは、居住者にとっても訪問者にとっても、SARS感染のリスクに関して安全な場所となった。

他の地域における経験から、高い警戒水準を保つことが重要であることが明らかになっている。WHOはシンガポールにおいて、警戒と感染対策が今後も継続されることを確信している。6月6日に衛生署(保健省)はマレーシア当局者と国境会談を行い、シンガポールへの輸入症例が発生しないような対策について協議する予定である。

----------------------------------------


 
  IDSCホームページへ