国立感染症研究所 感染症情報センター
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ノロウイルス感染症

ノロウイルス感染症とその対応・予防
 (医療従事者・施設スタッフ用)


(感染症情報センター 2006/12/18 改訂)
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  晩秋から春先にかけて、乳幼児や小学生などの低年齢児や高齢者、施設入所者等に良く見られる病気の一つが嘔吐下痢症です。冬季の嘔吐下痢の代表ウイルスとしてはノロウイルス、ロタウイルスがあります。細菌性食中毒(サルモネラ、赤痢、O-157等の腸管出血性大腸菌感染症)と、ウイルス性の嘔吐下痢症との大きな違いは、一つは時期の違いがあります。細菌による場合は夏場に多いのに対し、ウイルスによる場合は冬場に多いのが特徴です。

  嘔吐下痢は食中毒から生じることも多いですが、上記のような冬季の嘔吐下痢症では、発端は食中毒であったとしても、施設や病院等に持ち込まれると、爆発的に感染症として流行する場合があります。以下に、冬季の嘔吐下痢症の中でも最近検出可能となってきたこともあり、集団の嘔吐下痢症の犯人としてよく問題となるノロウイルス(小型球形ウイルス:《別名》ノーウォーク様ウイルスもしくはノロウイルス)について記述します。

  ノロウイルスは、以前は「お腹の風邪」、「お腹のインフルエンザ」などと誤解され、インフルエンザ様疾患といわれて学校等では学級閉鎖となる事がありました。冬季に多く(通常11〜12月がピーク)、生カキを食することによって発生する食中毒はよく知られていますが、ヒトからヒトへの伝播力(感染する力)もきわめて強く、集団発生した場合には、その主たる原因が集団食中毒によるものか、あるいは発端者を中心としたヒト-ヒト感染によるものか判別できないことがしばしばあります。また、乳幼児を中心とした小児や高齢者、施設入所者などで集団発生することが多いのですが、一般成人でも発症することもあり、病院内で院内感染として広がる場合もみられます。ノロウイルスは「はしか」や「風しん」のように一度発症すると生涯かからないというものではありません。これはノロウイルスといってもいろいろな種類があることと関係しているといわれています。以下に、ノロウイルスに関する症状・治療、感染経路、予防方法についてまとめてみました。医療機関や高齢者施設、乳幼児や小児の集団生活施設の関係者の方々の参考になれば幸いです。

1》ノロウイルス感染症の症状・治療法について

  1. 症状:
      主症状は嘔気、嘔吐及び下痢です。血便は通常ありません。発熱はないわけではありませんが、その頻度は低く、あまり高い熱とはならないことが一般的です。小児では嘔吐が多く、成人では下痢が多いことも特徴の1つです。嘔吐・下痢は1日数回からひどい時には10回以上の時もあります。吐物には胆汁(緑色)や腸の中のものが混じることがあります。感染後(ウイルス曝露後)の潜伏期間は数時間〜数日(平均1〜2日)であり、症状持続期間も10数時間〜数日(平均1〜2日)です。元々他の病気がある等の要因がない限りは、重症化して長期に渡って入院を要することはまずありませんが、特に高齢者の場合は合併症や体力の低下などから症状が遷延したり、嘔吐物の誤嚥などによって二次感染を起こす場合がありますので、慎重な経過観察が必要です。

  2. 治療法:
      ノロウイルスに対する特効薬はありません。症状持続期間は前述したように比較的短期間ですので、最も重要なことは経口あるいは経静脈輸液(点滴等)による水分補給により、脱水症となることを防ぐことです。
    特に小さなお子さんや高齢者にとっては、脱水は大敵ですので、水分補給は大切です。抗生物質は無効であり、下痢の期間を遷延させることがあるので、ノロウイルス感染症に対しては通常は投与しません。
    その他は制吐剤や整腸剤投与等の対症療法が一般的です。下痢が遷延する場合には止痢剤を投与することもありますが、発症当初から用いるべきではありません。

2》ノロウイルスの感染経路

  1. 経口感染:
      ノロウイルスに汚染された飲料水や食物による感染(食中毒)です。特に生カキを食した後に発症することはよく知られています。しかし生(なま)でなくても、よく火の通っていないカキやアサリ等の2枚貝を内臓ごと摂取することが原因の場合もありますし、また最近では調理従事者や配膳者がノロウイルスに汚染された手指で食材をさわる(ノロウイルスに感染している者がよく手を洗わずに素手で食材をさわる)ことによって、サラダやパンなどの貝類とは関係のない食材による集団食中毒も報告されています。

  2. 接触感染・飛沫感染:
      接触感染とは、文字通りノロウイルスで汚染された手指、衣服、物品等を触る(接触する)ことによって感染する場合をいいます。この場合も最終的には接触後汚染された手指や物品を口に入れる(舐めるなど)ことにより、ノロウイルスが口の中に入ってしまい、感染します。
    ノロウイルスの感染力は非常に強く、僅かなウイルスが口の中に入るだけで感染します。従って接触感染は衛生観念が発達していない乳幼児や高齢者等の集団生活施設ではよく発生しているものと考えられます。

      通常の呼吸器感染による場合とは異なりますが、ノロウイルスによる飛沫感染とは、ノロウイルス感染症を発症している患者の吐物や下痢便が床などに飛び散り、周囲にいてその飛沫(ノロウイルスを含んだ小さな水滴、1〜2 m程度飛散します)を吸い込むことによって感染する場合をいいます。嘔吐物や下痢便を不用意に始末した場合にも、飛沫は発生しますので、その処理には充分に気を使うことが必要です。また、嘔吐物や下痢便が放置されていたり、処理の仕方が誤っている場合に、ウイルスを含んだ有機物(乾燥した嘔吐物や下痢便のかけら)やほこりが風に乗って舞い上がり、そばを通った人が吸い込んだり、その人の体に付着して、最終的には口の中にウイルスが入り、飲み込むことによって感染する場合があります。このような感染は、施設内での集団感染の原因になることがしばしばみられますが、特に病院の外来や、場合によっては病棟などではいつでも発生する可能性があり、注意が必要です。

      ノロウイルスの伝播力・感染力は非常に大きく、わずかな接触で容易に感染してしまいます。そして前述したように、様々な感染様式をとるために感染しやすく、また症状が顕在化し易い乳幼児施設や小学校、高齢者施設などの集団生活施設ではしばしば集団感染として爆発的に拡がる場合があります。また、病院などの医療施設では、特に流行シーズン中には次々にノロウイルス感染症の患者が押し寄せてきますから、ウイルスの施設内への浸入を食い止めることは容易ではありません。特に医療スタッフが感染した場合には、それによって院内感染が次々に発生する場合がしばしばみられますので、流行シーズン中は、いつにも増して手洗い等の基本的な標準予防策の徹底を図ることをお勧めします。

3》予防方法

  ノロウイルスにはワクチンもなく、その感染を予防することは容易ではありません。また、一旦施設内に持ち込まれてしまえば、完璧に防御することは困難であるといわざるを得ません。以下に、集団生活の施設においてはどのようなことに注意を払い、どのようにして施設内で発生する感染の規模を最小限に食い止めるべきかということを考慮して、一般的な予防方法をあげてみました。しかしながらわが国で生活する限りにおいては、よほどの隔離された環境ではない限り、長い年月に渡って、感冒等と同様繰り返しノロウイルスの洗礼を受けることは避けられません。ノロウイルスは赤痢やコレラ、あるいはO-157等の腸管出血性大腸菌感染症のように、発病者が少なく、重症化し易い感染症ではありません。ただ、流行期には、感染の機会はいたるところにあり、しばしば日常生活を妨げる結果を招いている、ということは理解しておくべきです。

  1. 調理従事者に関して:
      ヒトによっては、不顕性感染(無症状)でノロウイルスを便から排出し続けている場合があります。調理中はマスク(清潔なガーゼマスクや、サージカルマスクが推奨されます)をきちんと着用し、また石鹸(液体石鹸が推奨されます)による手洗いを徹底することが重要です。食材を触る時に、手袋を着用することも場合が多いと思われますが、その手袋が清潔であることは勿論のこと、着用する前の手指は清潔でなければなりません。少なくとも、調理室から搬出される前の食事においては、ノロウイルスを皆無とすることは可能です。

  2. スタッフについて:
      一般健康成人では、感受性はそれほど高くはなく、たとえ感染しても症状がない場合や、軽症で終わる場合もあります。しかしながらスタッフの方々が病原体保有者となり、ウイルスを伝播する可能性もあります。日々の流水・石鹸による手洗いはきちんと行なってください。
    特に下痢気味であったり、家族に嘔吐・下痢などの腹部症状がある場合は、トイレ後の手洗いは厳重に行なってください。また、体液(血液、体液、尿、便等)に触れる処置を行った場合は、たとえ手袋を装着して行なっていたとしても、処置後流水・石鹸による手洗いを徹底することは他の感染症の伝播防止も含めて最も重要です。さらに、嘔吐・下痢等の有症状者に接触した場合は、手指に目に見えた汚れが付着していない場合でも、流水・石鹸による手洗いを行なってください。
      なお、症状回復後でも1週間程度、長い場合は1か月に渡って便中にウイルスが排泄されるといわれています。また、発病することなく無症状病原体保有者で終わる場合もあります。いずれにせよ、流行期間中は知らない間に感染源となってしまう場合がありますから、流水・石鹸による手洗いを徹底すべきであると思われます。
      

  3. 健康チェック:
      冬季はインフルエンザや急性上気道炎等、様々な感染症が蔓延します。発熱や咳を呈する方々もたくさんいるものと思われますが、それだけではなく、嘔吐・下痢症にも注意が必要です。ノロウイルスの主症状は嘔吐、下痢です。このような症状を呈している患者、入所者、児童・生徒などを速やかに発見し、必要があれば別室などへの隔離の対象となります。

  4. 嘔吐物・下痢便の処理:
      ノロウイルス感染症の場合、その嘔吐物や下痢便には、ノロウイルスが大量に含まれています。そしてわずかな量のウイルスが体内に入っただけで、容易に感染します。また、ノロウイルスは塩素系消毒剤でなければ消毒できません(細菌感染によく用いられる塩化ベンザルコニウム(商品名:オスバン等)は無効ですし、アルコールも効果が低い場合が多いです)。取り扱いには注意が必要です。  

    ア)発見:ノロウイルスの流行期(主に晩秋から初春にかけて)に吐物や下痢便を発見した場合、できる限り患者、入所者、児童・生徒等を遠ざけてください。トイレならば処理が終わるまでは使用させないように。病室、居室、教室内であっても処理が終わるまでは誰も入らないようにしておくべきですが、不可能であればできる限り遠くに離してください。3 m以内には近づかないように指示してください。

    イ)処理:放置しておけば感染が広がってしまいかねず、速やかに処理する必要がありますので、有症状者の介抱・隔離と吐物・下痢便の処理は手分けして行なうことをお奨めします。以下、処理の手順についての方法を記しておきます。

      方法:マスク・手袋(この場合の手袋は清潔である必要はなく、丈夫であることが必要です)をしっかりと着用し(処理をする方の防御のためです)、雑巾・タオル等で吐物・下痢便をしっかりと拭き取ってください。眼鏡をしていない場合は、ゴーグルなどで目の防御をすることをお勧めします。
    拭き取った雑巾・タオルはビニール袋に入れて密封し、破棄してください。拭き取りの際に、嘔吐物や下痢便を予め消毒剤に浸したペーパタオル等で覆い、ビニール袋を介してタオルごと拭き取るという方法はよく用いられています。
    なお、拭き取りによっても飛沫が発生しますので、無防備な方々は絶対に近づけないでください。その後薄めた塩素系消毒剤(200 ppm以上:ハイター等の家庭用漂白剤では200倍程度)で吐物や下痢便のあった箇所を中心に広めに消毒してください。


    ※次亜塩素酸ナトリウム(塩素系消毒剤)には濃度が200 ppmでは5分間、1000 ppmでは1分間程度浸すことによって、ノロウイルスをほぼ死滅させる消毒効果があるといわれています。もっとも、嘔吐物や下痢便そのものは有機物が豊富にあり、このような薄めた消毒剤では効果は期待できません。その場合は塩素系消毒剤の原液を直接用いることになりますが、使用場所に塩素ガスが発生しますので、集団生活施設や病院では奨められません。


    ウ)汚れた衣類など:おう吐物や下痢便などで汚れた衣類は大きな感染源です。そのまま洗濯機で他の衣類と一緒に洗うと、洗濯槽内にノロウイルスが付着するだけではなく、他の衣類にもウイルスが付着してしまいます。
    おう吐物や下痢便で汚れた衣類は、マスクと手袋をした上でバケツやたらいなどでまず水洗いし、更に塩素系消毒剤(200 ppm以上)で消毒することをお勧めします。いきなり洗濯機で洗うと、洗濯機がノロウイルスで汚染され、他の衣類にもウイルスが付着します。もちろん、水洗いした箇所も塩素系消毒剤で消毒してください。


       なお、幼稚園、保育施設、学校等では不用意に衣類を洗浄することによって、かえって施設内に大量に感染者を増加させてしまった例がこれまでしばしば認められてきました。原則的に、子どもたちの嘔吐物や下痢便が付着した衣類は洗浄せずにそのままビニール袋に入れて密封し、保護者の方に持って帰ってもらうことをお勧めします。

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