国立感染症研究所 感染症情報センター
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麻疹 麻しん 2009年(2010年 1月7日現在)



 麻しんは「はしか」とも呼ばれ、麻しんウイルス(ParamyxovirusMorbillivirus属)によって引き起こされる感染症で、39℃前後の高熱と耳介後部から始まって体の下方へと広がる赤い発疹を特徴とする全身性疾患である。麻しんに対して免疫を持たない者が感染した場合、典型的な臨床経過としては10〜12日間の潜伏期を経て発症し、カタル期(2〜4日間)、発疹期(3〜5日間)、回復期へと至る。一方、ヒトの体内に入った麻しんウイルスは、免疫を担う全身のリンパ組織を中心に増殖し、一過性に強い免疫機能抑制状態を生じるため、麻しんウイルスそのものによるものだけでなく、合併した別の細菌やウイルス等による感染症が重症化する可能性も生じうる。また、発生頻度は低いものの、麻しん脳炎や、罹患後7〜10年の期間を経て発症する亜急性硬化性全脳炎(SSPE)などの重篤な合併症もある。麻しんは接触感染、飛沫感染、空気感染(飛沫核感染)のいずれの感染経路でも感染し、発症した場合に麻しんに特異的な治療方法はない。手洗い、マスク等の感染対策も十分に効果的な予防手段とは言えず、唯一の有効な予防方法はワクチンの接種によって麻しんに対する免疫を予め獲得しておくことである。

 麻しんは、2008年の1月1日から5類の全数報告疾患に位置づけられた。2008年の発生状況は、IDWR2009年第4号(http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2009/idwr2009-04.pdf)で報告したので参照して頂きたい。2009年第1〜53週(2008年12月29日〜2010年1月3日診断のもの、2010年1月7日現在)の麻しん患者発生報告数は44都道府県から741例あったが、これは2008年(2009年1月21日現在)の11,007例に比較すると93%の減少となった。週別報告数の推移をみると、2008年に認められたような、明らかに流行期といえる大きなピークは形成されず、10〜30例前後の報告が継続していた(週平均14例)。報告数が最も多かった週は第29週で30例、最少は第53週の2例であった(図1)

 都道府県別に累積報告数をみると、千葉県116例、東京都112例、神奈川県97例、大阪府57例、埼玉県44例、愛知県29例、福岡県25例、広島県23例、新潟県18例、北海道17例の順となっている(図2)。一方、これを、2007年10月1日現在の各都道府県の人口をもとに、100万人当たりの報告数に換算すると、千葉県19.0、神奈川県10.9、東京都8.8、広島県8.0、青森県7.8、新潟県7.5、和歌山県6.9、山形県6.7、大阪府6.5、埼玉県6.2の順であった。日本全体では、100万人当たりの報告数は5.8(2008年86.1)となったが、WHOが定義する麻しん排除の判断基準のひとつである、「1年間の報告数が100万人当たり1未満(輸入症例を除く)」という状況には依然として及ばない状況といえよう(図3)

図1. 麻しん報告数の週別推移(2009年)

図2. 麻しんの都道府県別累積報告状況(2009年)

図3. 人口100万人当たり都道府県別麻しん報告状況(2009年)


 病型別累積報告数は、臨床診断例303例(40.9%)、検査診断例245例(33.1%)、修飾麻しん(検査診断例)193例(26.0%)となっており、臨床診断例と修飾麻しんを含めた検査診断例の割合が昨年と逆転し、過半数を占めた(図4)

 年齢群別では0〜4歳301例(40.6%)、15〜19歳72例(9.7%)、20〜24歳/35〜39歳57例(7.7%)、10〜14歳55例(7.4%)、5〜9歳51例(6.9%)の順となっている(図5)。年齢別では、1歳140例、0歳74例、2歳42例で、0〜2歳、特に1歳が患者発生の中心であり(図6)、2008年に認められた、14〜17歳の患者の集積は認められなかった。

図4. 麻しん累積報告数の病型別割合(2009年)

図5. 麻しん累積報告数の年齢群別割合(2009年)

図6. 麻しん累積報告数のワクチン接種歴別年齢分布(2009年)


 麻しん含有ワクチンの接種歴別の報告数は、接種歴なし176例(23.8%)、1回接種352例(47.5%)、2回接種32例(4.3%)、接種歴不明181例(24.4%)となっており、1回接種者が最も多く、次いで接種歴不明者、ワクチン未接種者の順であった(図7)

 麻しんの合併症について、肺炎合併例は19例の報告があったが、全報告数に占める割合は2.6%であり、昨年(223/11,007=2.0%)と有意差はなかった(p=0.3)。年齢、または年齢群別では、0〜1歳の症例で約半数を占め、特に1歳が7例(36.8%)と最も多かった(図8)。年齢群毎の総報告数に占める肺炎合併例の割合は、9歳以下の年齢群で高い傾向だった(図9)。最も症例数の多かった1歳児で、ワクチン未接種者と1回接種者で肺炎の合併頻度を比較したが、有意差はなかった(OR=1.77, 95%CI 0.3-9.97)。脳炎の報告は無かった。

図7. 麻しん累積報告数のワクチン接種歴別割合(2009年)

図8. 肺炎合併の報告があった麻しん症例の年齢群別割合(2009年)

図9. 麻しん症例の年齢群別肺炎合併割合(2009年)


 2008年4月1日より、5年間の期限付き措置として、1回しか定期予防接種(以下、定期接種)の機会がなかった年齢層のうち、第3期(中学校1年生相当年齢)、第4期(高校3年生相当年齢)の年齢の者に対する2回目の定期接種が導入された。中学校、高校などの学校現場では、定期接種対象年齢の者における麻しん罹患歴や麻しん含有ワクチン接種歴の積極的な把握とワクチンの接種勧奨がなされている。しかし、2009年9月4日時点の2008年度麻しん含有ワクチン接種率最終評価によると、全国平均で第1期94.3%、第2期が91.8%、第3期が85.1%、第4期は77.3%と、第3、4期の接種率が90%にもとどいていない状況である。折から、3月1日(月)〜3月7日(日)までの7日間は、保護者を始めとした地域住民の予防接種に対する関心を高め、予防接種率の向上を図ることを目的として、日本医師会、日本小児科医会、厚生労働省の主催で「子ども予防接種週間」が予定されている。この期間は、平日の夜間、土曜日、日曜日にも予防接種が受けられるようにしている機関もある。定期接種対象者(1歳児、小学校入学前1年間の者、中学1年生相当年齢の者、高校3年生相当年齢の者)で、まだ接種を済ませていない者、特に進学、就職を控えている高校3年生相当の者は、この機会を是非利用して接種を受けることが勧められる。

 上述したように、麻しんの報告数は2008年の11,007例と比較し、93%減少の741例となった。同様のペースで減少が続けば、2012年には排除が可能となるはずである。しかし一方で、このように麻しんの症例数が少なくなると、感染経路が不明で、臨床症状のみでは他の発疹性疾患と鑑別が困難な例が増加している。したがって、麻しんの検査診断が重要になる。確実な検査診断は、感染拡大予防のための迅速な対応に繋がる。また、麻しん排除に向けては、ウイルス学的検査による、麻しんウイルスの存在の確認や、海外での感染が疑われる症例での遺伝子型の確認などが必要である。現在、全国の地方衛生研究所でこのようなウイルス学的検査診断が可能な体制となっている。麻しんを疑った医師には、是非、保健所を経由して地方衛生研究所での検査診断を実施して頂きたい。

 以下に、麻しん関連情報として感染症情報センターのホームページに掲載されている主な項目とそのURLを挙げる。麻しん対策として活用いただければ幸いである。

■麻疹(はしか):http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/index.html
 1. 麻しん予防接種情報:http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/01.html
 2. 教育啓発:http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/02.html
 3. 発生動向:http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/03.html
 4. 対策・ガイドラインなど:http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/04.html
 5. 自治体等の取り組み:http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/05.html
 6. Q&A:http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/QA.html
 7. 関連情報:http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/06.html



IDWR週報 2010年第4号


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