国立感染症研究所 感染症情報センター
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麻疹 麻しん(2007年第21週)



麻しんは麻疹ウイルス(Paramyxovirus科Morbillivirus属)によって引き起こされる感染症であるが、空気感染(飛沫核感染)、飛沫感染、接触感染と様々な感染経路を示し、その感染力は極めて強い。特異的な治療法はなく、カタル期・発疹期を合わせると1週間以上高熱が続き、入院率や肺炎、脳炎、中耳炎などの合併症発生率が未だに高い疾患である。典型的な麻しんを 発症した場合、感染後10日間前後の潜伏期を経てカタル期に至るが、このカタル期は他者への感染力が最も強い時期であるにもかかわらず、口腔内に認められるコプリック斑以外には発熱、咳、くしゃみ、鼻水等の感冒様症状や結膜炎症状が主であり、この期間中に麻しんと診断されることのないままに発病者から感染を拡大させてしまう場合も少なくない。

図1. 麻しんの年別・週別発生状況(1997年〜2007年第21週)

図2. 麻しんの都道府県別報告状況(2007年第21週)

感染症発生動向調査によると、全国約3,000カ所の小児科定点からの麻しんの報告数は2007年第21週には27都道府県から215例(定点当たり報告数0.071)と前週の報告数210(定点当たり報告数0.070)よりも僅かに増加した(図1)。都道府県別では千葉県32例、東京都28例、埼玉県27例、神奈川県21例、北海道18例、宮城県17例、栃木県、大阪府から各8例、茨城県、山梨県、広島県から各6例、香川県5例、和歌山県、岡山県から各4例、群馬県、長野県、兵庫県から各3例の順であり、南関東地域(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)からの報告数は108例(総報告数の50.2%)と前週と同数であったものの、宮城県や北海道等では増加が続いている(図2、図3)

図3. 主要都道府県における麻しんの報告の週別推移(2007年第1〜21週)

図4. 麻しんの都道府県別累積報告状況(2007年第1〜21週)

2007年第1〜21週までの小児科定点からの累積報告数は1,121例(定点当たり報告数0.37)であり、2004年以来3年ぶりに1,000例を上回った。都道府県別では埼玉県222例、東京都173例、千葉県167例、神奈川県95例、北海道53例、栃木県50例、大阪府43例、宮城県42例、茨城県30例、山梨県、広島県から各26例、鹿児島県19例、愛知県、兵庫県から各17例、香川県16例、徳島県15例、群馬県、福岡県から各11例の順となっている。南関東地域からの報告数は657例(総累積報告数の58.6%)である(図4)。累積報告数の年齢別割合では、0〜4歳の報告割合は38.0%と例年(55〜67%)と比べて低く、10〜14歳の報告割合は31.9%と例年(5〜15%)よりも高い。現在の麻しん流行による感染機会の増加にもかかわらず、1歳児以上の幼児の報告割合が低下しているのは、1歳児における麻疹ワクチン接種の効果であるものと推察される(図5)

全国約450カ所の基幹定点からの成人麻しん(届出対象は15歳以上)の2007年第21週の報告数は18都道府県から82例(定点当たり報告数0.179)の報告があり、第19週以降4週間連続しての増加となるとともに、1999年4月の調査開始以降の最高値であった前週の報告数(68例、定点当たり報告数0.150)を更に上回った(図6)。都道府県別では、東京都23例、宮城県15例、神奈川県10例、埼玉県8例、北海道4例、岩手県、山形県、和歌山県から各3例、千葉県、愛知県、兵庫県、福岡県から各2例、茨城県、新潟県、大阪府、岡山県、熊本県から各1例の報告があった(図7)。東京都、埼玉県、神奈川県からの報告数の増加が継続する一方で、宮城県からの報告数の増加が目立つ(図8)。2007年第1〜21週までの累積報告数は387例(定点当たり報告数0.85)であった。都道府県別では東京都139例、神奈川県45例、宮城県40例、埼玉県34例、北海道13例、千葉県、長野県から各10例、茨城県9例、山形県、群馬県から各8例、大阪府7例、岩手県、島根県から各6例の順となっている(図9)。累積報告数の年齢別では、20〜24歳(33.3%)、25〜29歳(23.3%)、15〜19歳(21.4%)の順であり、34歳以下で全報告数の約91%を占めている(図10)

図5. 麻しんの報告症例の年別・年齢群別割合(2000年〜2007年第21週)

図6. 成人麻しんの年別・週別発生状況(1999年〜2007年第21週)

麻しんの重篤な合併症である脳炎は、五類感染症全数把握疾患の急性脳炎として2007年第1週以降これまでに3例(10代1例、20代2例)の発生報告があった。

全国の衛生研究所における麻疹ウイルスの分離・検出状況をみると、2007年は5月31日現在35件の報告があり、そのうちウイルスの遺伝子型別が実施された21検体は全てD5型であった。一方、昨年はD5型を中心にA型、H1型も報告されていた(最新の報告数は感染症情報センターホームページ に掲載)。

第21週までの発生動向をみると、小児科定点からの麻しんの報告数は第19週以降横ばい状態となっているが、成人麻しんの報告数は増加傾向が続いている。これまでの麻しんの流行は5月中にそのピークを迎えることが殆どであったが、今回の麻しんの流行では10代、20代を中心とした麻しん発症例の増加がみられており、従来の流行形態とは異なっている。特にこの年代の麻しん発症例はその活動性や行動範囲からも、乳幼児とは比較にならないほど広範囲に麻疹ウイルスを伝播させている可能性があり、今後とも麻しん及び成人麻しんの発生動向には十分な注意が必要である。

図7. 成人麻しんの都道府県別報告状況(2007年第21週)

図8. 主要都道府県における成人麻しんの報告の週別推移(2007年第1〜21週)

図9. 成人麻しんの都道府県別累積報告状況(2007年第1〜21週)

図10. 成人麻しんの報告症例の年齢群別割合(2007年第1〜21週)

今回の麻しん流行における成人麻しん報告例(届出基準は15歳以上)の年齢別割合からは、10代後半から20代後半までが発生の中心であり、中でも20代前半が最多を占め、次いで20代後半、10代後半の順であることがわかる(図8)。この年代における麻しん発生の増加の原因として、過去のMMRワクチンの導入後の経過と中止を強調する見方もあるが、定期麻疹予防接種の際に、MMRワクチンの選択が可能であった世代における麻疹もしくは麻疹関連ワクチンの接種率は他の世代と比較して大きく低下しているものではない(感染症情報センターホームページ 参照)。むしろMMRワクチンが導入される前の世代である20代前半もしくは20代後半の方が、患者報告割合が多く、MMRワクチンの影響では説明できない。10代後半から20代後半は、1978年の麻疹ワクチンの定期予防接種化以降に幼児期(接種対象年齢)を迎えた世代であり、大半が麻しんに罹患した経験がなく、麻疹ワクチンを1回接種している。従って、これらの年代者における麻疹ワクチン未接種・麻疹未罹患者及びワクチン既接種群のごく一部にみられる免疫未獲得者の蓄積に加えて、ワクチン既接種群における麻疹ウイルスの感染機会の激減による免疫増強効果の減少が、新たな麻しん感受性者の増加を招来し、麻しんの流行に至ったものと思われる。この現象は、日本のみに発生した特異的な現象ではなく、既に麻疹ウイルスの国内からの『排除』を達成した米国や韓国においても、麻疹ワクチン接種者の大半が1回接種であった状況下において一時的にみられている。現在の麻しん流行による麻疹ウイルスへの曝露機会の増加に際して、最優先すべき対策は1歳早期における麻疹のワクチン接種率を高く維持することであり、次いで0〜1歳以外の世代におけるワクチン未接種・麻疹未罹患者を少しでもなくすことであることはいうまでもない。しかしながら、現在のように麻疹ワクチン既接種者の大半が1回接種である現状が継続する限りは、今後も数年の経過を経て新たな麻しん感受性者の増加から、同様の流行を繰り返していく可能性が高いと思われる。

欧米諸国の多くや韓国では、麻しんは既に国内からの『排除』が達成された疾患であり、我が国においても2001年のような多数の乳幼児が感染発病した大規模な流行を2度と繰り返すべきではない。また、日本を含めたWHO西太平洋地域(WPRO)は2012年までに域内からの『排除』を目標としている。そのためには、今後とも日本国内における地域的な流行は積極的に阻止されなければならない。加えて、現在のような流行下においては、麻疹ワクチン未接種で麻疹未罹患の方は、至急ワクチンを接種することが勧められる。また、従来の麻しん流行の中心である乳幼児における患者発生の増大を阻止するために、1歳早期(1回目)と小学校入学前1年間(2回目)のワクチン(麻疹・風疹混合ワクチンもしくは麻疹ワクチン)のより積極的な勧奨が重要である。

以下に、麻しん関連情報として感染症情報センターのホームページに掲載されている主な項目とそのURLを挙げる。麻しん対策として活用いただければ幸いである。

麻疹(はしか)
□緊急情報
□関連情報(注目すべき感染症/速報「麻しん」、施設別発生状況(学校欠席者数)、医療機関での麻疹の対応について、保育園・幼稚園・学校等での麻しん患者発生時の対応マニュアル)
□国内情報(麻疹の現状と今後の麻疹対策について、我が国の健常人における麻疹PA抗体保有率、病原微生物情報[IASR]麻疹特集、ウイルス検出状況他)

Q&A
麻疹発生DB(データベース)
予防接種の話「麻疹」
年齢別麻疹、風疹、MMRワクチン接種率
感染症の話「麻疹」
「麻疹・風疹ワクチンなぜ2回接種なの?」ポスター
「麻疹風疹混合ワクチンを1歳のお誕生日のプレゼントにしましょう」ポスター
「小学校入学準備に2回目の麻疹・風疹ワクチンを!」ポスター
2006年度第2期麻疹・風疹ワクチン接種に関する全国調査−2006年10月1日現在中間評価−

IDWR週報 2007年第21号「注目すべき感染症」掲載予定)



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