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麻しん(2007年第16週) |
麻疹を予防するためのワクチン(麻疹ワクチン、麻疹・風疹混合ワクチン、もしくは現在国内では使用されていない麻疹・おたふくかぜ・風疹混合ワクチン)は弱毒生ワクチンであり、その有効性(免疫獲得率)は95%以上と高いが、ワクチンを接種しても免疫を獲得できない者が数%存在する。また、近年麻疹発症者数が大きく減少したことによって麻疹ウイルスに曝露・感染する機会が激減し、麻疹に対する免疫のブースター効果(免疫増強効果)を得る機会が少なくなった。そのため、ワクチン接種によって一旦免疫を獲得したワクチン既接種者の一部においては、麻疹ウイルスに対する免疫が減衰している場合もある。今回の埼玉県、東京都等の関東地域を中心とした麻疹の流行では、過去の流行と比較して10代、20代での発病者の割合が増加しており、高校や大学での集団発生事例の調査からは、麻疹未罹患でワクチン未接種者の群からと、発病率は低いものの麻疹未罹患でワクチン1回接種の群からの発病者もみられている。 平成18年6月2日からは、以下の(1)、(2)、(3)の3つを目的として、麻疹・風疹混合ワクチンもしくは麻疹ワクチンの2回目接種(接種対象は5〜7歳未満で小学校就学前の1年間の者)が定期予防接種として開始された。『(1) 1回のワクチン接種で免疫が獲得できなかった者に免疫を付与する、(2)1回のワクチン接種で免疫が獲得されたものの、その後の時間経過と共に免疫が減衰した者に再び刺激を与え、免疫を強固なものにする、(3)1回目に接種しそびれた者にもう一度ワクチン接種の機会を与える』。しかしながら、この2回の接種を済ませたものの大半は2007年度の小学校1年生に限定されており、今回の麻疹の流行を阻止するための効果をあげるには至っていない。
感染症発生動向調査によると、2007年第16週の全国約3,000カ所の小児科定点からの麻疹の報告数は71(定点当たり報告数0.024)であり、前週の報告数34(定点当たり報告数0.011)を大きく上回り、2005年、2006年の報告数の最大値(ともに41)をも大幅に上回った(図1)。都道府県別では東京都、埼玉県各14、千葉県11、神奈川県10、栃木県、鹿児島県各4、大阪府3、宮城県、茨城県、愛知県、兵庫県各2、奈良県、岡山県、香川県から各1の順であり、東京都、埼玉県を中心とした関東地域からの報告数は55と全報告数の約77%を占めている。2007年第1週以降の小児科定点からの患者累積報告数は282であり、埼玉県93、東京都53、千葉県26、神奈川県24、大阪府14、愛知県13と埼玉県、東京都、千葉県、神奈川県を中心とした関東地域や、関東以外では愛知県、大阪府等の大都市圏での患者発生が目立っている(図2)。
これまでに累積患者報告数の多い都県の患者報告数の週別推移をみると、現在の関東地域の流行は2006年末に埼玉県を中心に開始し、その後2007年に入って東京都、千葉県、神奈川県等の関東地域に拡大しているものと思われる(図3)。累積報告数の年齢別割合では、0歳(16.0%)、1歳(16.7%)と依然として0〜1歳児の発病者の割合は高いものの、例年全報告数の60%前後を占めてきた0〜4歳からの報告割合は43.3%と減少し、かわって10〜14歳(30.1%)の報告割合が増加している。全体的には、10〜14歳を中心とした比較的年長者の割合は流行の拡大とともに更に増加傾向にある(図4)。
一方、第16週の全国約450カ所の基幹定点からの成人麻疹(届出対象は15歳以上)の報告数は39(定点当たり報告数0.087)となり、2002年以降の最高値となった(図5)。都道府県別では東京都12、長野県6、埼玉県5、神奈川県、新潟県各3、群馬県2、山形県、福島県、石川県、福井県、岐阜県、静岡県、大阪府、広島県から各1の順であった。また、2007年第1週から16週までの累積報告数は102であり、東京都38、埼玉県、神奈川県各12、長野県9、宮城県8、茨城県5と東京都、埼玉県、神奈川県を中心とした関東地域や長野県、宮城県からの報告が多い(図6)。成人麻疹報告数の都県別の週別推移をみると、第11週以降に東京都を中心に報告数が急増していることがわかる(図7)。累積報告の年齢別では20〜24歳(37.3%)、25〜29歳(20.6%)、15〜19歳(19.6%)となっており、20代の報告数が半数以上を占めており、30代前半までで全報告数の90%以上を占めている(図8)。
4月中旬過ぎの第16週現在では、埼玉県、東京都、千葉県、神奈川県を中心とした関東地域における麻疹の流行は更に拡大傾向にある。また、既に関東周辺地域や愛知県、大阪府等の大都市圏での麻疹患者発生の増加もみられつつある。今回の関東地域における麻疹流行の特徴は、10代、20代での患者発生数が増加していることである。基幹定点は全国に約450カ所と少なく、同定点からの報告によっている成人麻疹の患者発生報告数は、必ずしも実態を正確に反映しているものとはいえないが、成人麻疹の報告数は、既に2001年の大規模な流行時の水準に達しつつあり、従来の流行の中心であった乳幼児と比べても10代、20代の患者発生数は少なくないものと思われる。 ゴールデンウイークを迎えて、国内やあるいは海外に移動する人口が飛躍的に増大するものと予想される。10代、20代は従来の麻疹流行の中心であった乳幼児と比較するとその活動範囲は大きいために、現在流行中の麻疹ウイルスの全国の地域への拡散や、場合によっては既に麻疹の『排除(elimination)』を達成している欧米諸国やオーストラリア、韓国等への麻疹の輸出例が新たに発生することも危惧される。今後麻疹の発生動向に対してはより一層の注意深い観察が必要であると共に、麻疹の流行阻止に向けた効果的な対策の実施が望まれる。 麻疹ウイルスはヒトのみに感染し、ヒトからヒトへと感染伝播する。感染力はきわめて強く、唯一の予防手段はワクチン接種であるが、その有効性は高く、かつての天然痘のように、疾患そのものの世界的な撲滅も不可能ではないといわれている。実際に欧米諸国をはじめとする多くの国々では、麻疹は既に『排除』が達成された疾患であり、我が国においても2001年のような大規模な流行を2度と繰り返すべきではなく、2012年までに国内からの『排除』を目標としている。そのためには、国内における地域的な流行は積極的に阻止されなければならない。学校、施設等においては1例でも麻疹患者が発生した場合に迅速に適切な対応を実施することが望まれる。加えて、現在の流行下においては麻疹ワクチン未接種で麻疹未罹患の方は、至急ワクチンを接種すべきである。また、従来の麻疹流行の中心である乳幼児における患者発生の増大を阻止するために、1歳早期(1回目)と学童期前(2回目)のワクチン(麻疹・風疹混合ワクチンもしくは麻疹ワクチン)のより積極的な勧奨が重要である。
以下に、麻疹関連情報として感染症情報センターのホームページに掲載されている主な項目とそのURLを挙げる。麻疹対策として活用いただければ幸いである。 ●麻疹: http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/index.html (IDWR週報 2007年第16号「注目すべき感染症」掲載予定) |
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