国立感染症研究所 感染症情報センター
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総 説

(更新:2009年1月20日)

感染症情報センター センター長 岡部信彦


概 念

 突如として発生して瞬く間に広がり、数カ月のうちに消えていく、咳と高熱の流行性疾患の記録はヒポクラテスの時代からあったといわれている。周期的に流行が現われてくるところから、16世紀のイタリアの占星家たちはこれを星や寒気の影響(influenza=influence)によるものと考えていた。我が国では、平安時代の「増鏡」に「しはぶき(咳)やみはやりて人多く失せたまふ・・・」と書かれており、江戸時代には、「お駒風」「谷風」などと名付けられた悪性のかぜ(インフルエンザ?)の流行が見られたという。

 1890年(明治23年)にインフルエンザ様疾患が世界的に大流行した頃から、我が国ではインフルエンザ様疾患のことを流行性感冒(流感)と呼ぶことが定着してきた。1918年には、スペイン型インフルエンザ世界各地で猛威をふるい、全世界の罹患者数6億、死亡者は2,000-4,000 万人にのぼったと推定されている。我が国には大正7-8(1918-1919)年の冬に流行が持ち込まれ、罹患者は2,300 万人、死者は38万人に及んだといわれる。当時の新聞には「流感の恐怖時代襲来す-一刻も早く予防注射をせよ-」という見出しが見られる。

 ヒトのインフルエンザウイルスは、1933年 Smith, Andrews, Laidlow らによって初めて分離されたが、そのきっかけとなったのは、Shope によるブタインフルエンザからのウイルス分離(1931年)であるといわれている。ウイルス分離後はワクチンの開発研究も進み、米国では1940年代に不活化ワクチンが実用化された。ウイルス粒子をエーテル処理して発熱物質などを除去し、免疫に必要な赤血球凝集素(HA)を主成分としたHA型ワクチンが我が国で実用化されたのは、1972年である。

 60年も前にウイルスが分離され、ウイルスの研究が進められ、ワクチンも早い時期から実用化され改良が続けられているにもかかわらず、いまだにインフルエンザは世界中いたるところで流行が見られている。また膨大な研究がなされているにもかかわらず、流行状況やその把握、感染と免疫のメカニズム、ウイルスが変異をしていく理由、予防方法などインフルエンザの基礎は、急速な進展を遂げながらも十分に解明されているとは言えない。あまりに身近な疾患でありすぎるのかもしれない。いまだに残されている最大級の人類の疫病といっても良い程のインフルエンザに対し、もっと多くの基礎的知識を集積し、十分な防疫体制を確立できるように、我々は努力する必要がある。


インフルエンザウイルス

 インフルエンザウイルスはウイルス粒子内の核蛋白複合体の抗原性の違いから、A・B・Cの3型に分けられ、このうち流行的な広がりを見せるのはA型とB型である。A型ウイルス粒子表面には赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)という糖蛋白があり、HAには16の亜型が、NAには9つの亜型がある。これらは様々な組み合わせをして、ヒト以外にもブタやトリなどその他の宿主に広く分布しているので、A型インフルエンザウイルスは人と動物の共通感染症としてとらえられる。そして最近では、渡り鳥がインフルエンザウイルスの運び屋として注目を浴びている。

 ウイルスの表面にあるHAとNAは、同一の亜型内で 抗原性を毎年のように変化させるため、A型インフルエンザは巧みにヒトの免疫機構から逃れ、流行し続ける。これを連続抗原変異(antigenic drift)または小変異という。いわばマイナーモデルチェンジである。連続抗原変異によりウイルスの抗原性の変化が大きくなれば、A型インフルエンザ感染を以前に受け、免疫がある人でも、再び別のA型インフルエンザの感染を受けることになる。その抗原性に差があるほど、感染を受けやすく、また発症したときの症状も強くなる。そしてウイルスは生き延びる。

 さらにA型は数年から数10年単位で、突然別の亜型に取って代わることがある。これを不連続抗原変異(antigenic shift)または大変異という。これは言わばインフルエンザウイルスのフルモデルチェンジで、つまり新型インフルエンザウイルスの登場である。人々は新に出現したインフルエンザウイルスに対する抗体はないため、感染は拡大し至急規模での大流行(パンデミック)となり、インフルエンザウイルスは息をふきかえしてさらに生き延びる。

 これまでのところでは、1918年に始まったスペイン型インフルエンザ(H1N1)は39年間続 き、1957年からはアジア型インフルエンザ(H2N2)が発生し、その流行は11年続いた。その後1968年に香港型インフルエンザ(H3N2) が現われ、ついで1977年ソ連型インフルエンザ (H1N1)が加わり、小変異を続けながら現在はA型であるH3N2とH1N1、およびB型の3種のインフル エンザウイルスが世界中で共通したヒトの間での流行株となっている。

 H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザは、1997年の香港で家禽における発生において、初めてヒトに感染した(死亡6例を含む18例のヒトにおける患者)。このときは香港中の家禽約15万羽の淘汰により一旦収束したが、この後、2003年末から東南アジアでの家禽における発生とヒトへの感染事例が相次ぎ、感染地域の地理的な広がりとともに、ヒトにおける感染報告例も増加し、2008年12月9日現在、246例の死亡を含む389例のヒト感染症例が報告されている。

 すなわち、2008年12月現在、A/H5N1亜型の鳥インフルエンザウイルスは南北アメリカを除くすべての世界の地域ですでに定着しており、持続的に野鳥、家禽の間で流行を起こし、それらが時折ヒトに感染しているという状況となっている。

 2008年現在、すでにH3N2が40年、H1N1が30年継続しているため、インフルエンザウイルスがいつ新型に置き換わってもおかしくない状況であり、H5N1に限らず、新型インフルエンザの発生に引き続き警戒が必要である。


疫学状況

 突然に現われるインフルエンザは、狭い地域からより広い地域、県・地方・国を越えて流行があっという間に広がり、学校や仕事を休むものが増えてくる。医療機関では外来患者数の増加とともに、肺炎、クループ症状、痙攣、心不全、脳炎・脳症などの入院数が、内科、小児科ともに増加してくる。
 
 わが国のインフルエンザは、毎年11月下旬から12月上旬頃に発生が始まり、翌年の1-3月頃にその数が増加、4-5月にかけて減少していくというパターンであるが、流行の程度とピークの時期はその年によって異なる。以下に近年の例をあげる。

 2006/07シーズン(2006年第36週/9月〜2007年第35週/8月)のインフルエンザ定点からの報告患者数は約108万人であった。2004/05〜2005/06シーズンに続いてA型のAH3亜型とAH1亜型、B型の混合流行であり、主流はAH3亜型とB型であった。定点当たり週別患者数は、2007年第3週に全国的な流行の開始の指標である1.0人を超え、2007年第11週のピーク(32.9人)まで徐々に増加した。第13〜14週に大きく減少し、第15週以降は緩やかに減少した。過去10シーズンの中で、流行開始は2番目に遅く、ピークとなった週と、全国レベルの定点当たり患者数が1.0人を切った週(第21週)は最も遅かった。

 2007/08シーズン(2007年第36週/9月〜2008年第35週/8月)のインフルエンザ定点からの報告患者数は約67万人であった。1995/96シーズン以来12シーズンぶりのAH1亜型を主とする流行で、AH3亜型は過去6シーズンに比べ大きく減少した。定点当たり週別患者数は、サーベイランスが開始された1987年以来最も早く全国レベルで1.0人を超え(2007年第47週)、年末年始に一旦減少したが2008年第5週にピークを迎えるまで増加した(17.7人)。その後患者数は減少に転じ2008年第14週で1.0人を切った。ピークの高さ、および定点あたりの累積患者数を見ても過去10シーズンで2番目に規模の小さい流行であった。

 このシーズンはノルウェーなどヨーロッパ諸国及び南半球では抗インフルエンザ薬オセルタミビル耐性H1N1株の流行が高頻度に分離されたが、日本では2.6%と少なかった。しかし、わが国でも今冬の流行において諸外国のように耐性株が増加するのか継続した監視が必要である。 


診断・治療の進歩

 発熱・頭痛・全身の倦怠感・筋関節痛などが突然現われ、咳・鼻汁などが相前後して続き、約1週間で軽快するのが典型的なインフルエンザの症状である。その他のいわゆるかぜ症候群に比べて全身症状が強いのが特徴であるが、正確な診断にはウイルス学的な裏付けが必要である。インフルエンザ流行期にかぜ症状のあるものすべてついて安易に「インフルエンザ」と断定することは、疫学状況を正確に把握し、ワクチンの効果を判定するに当たって誤解を生じかねない。また治療に際しても抗インフルエンザウイルス剤の適切な選択に関係するので、診断にあたっては慎重を要する。

 病原診断には、咽頭拭い液やうがい液を材料にして、ウイルス分離を行うことが標準であるが、時間はかかる。Polymerase chain reaction (PCR)法を用いてウイルスゲノムを検出することによって短時間で結果を得ることも可能であるが、地方衛生研究所や限られた検査室でないとできない。

 最近は、ベッドサイドもしくは外来などでインフルエンザ抗原を検出するキットが市販されるようになり、健康保険も適用されるようになっている。A型のみ判定できるもの、A型とB型が同時に判定できるものなどがある。また、コマーシャルラボなどでも、上述のPCRや血清におけるインフルエンザウイルス抗体の測定が可能であり、ウイルス学的診断が日常の臨床の中で容易にできるようになってきた。すべてのインフルエンザ様疾患患者にウイルス学的検査を行うことは実際的ではないが、診断の裏付けとして重要な意味を持つ。
 本邦では1998年11月に、インフルエンザの治療薬として塩酸アマンタジン(商品名シンメトレル)が認可された。塩酸アマンタジンはA型ウイルスの表面にあるM2蛋白に作用してインフルエンザウイルスの細胞への侵入を阻止し、抗ウイルス作用を発揮するため、M2タンパクを有さないB型インフルエンザに対しては無効で、A型インフルエンザのみにしか効果はない。

 また、2001年2月に、リン酸オセルタミビル(商品名タミフル)ザナミビル(商品名リレンザ)がインフルエンザに対して健康保険の適応となった。インフルエンザウイルスが生体の細胞から細胞へ感染・伝播していくためには、ウイルス表面に存在するノイラミニダーゼが不可欠だが、これらの薬剤はこの作用をブロックすることによって、増殖したインフルエンザウイルスが細胞外へ出て行くことを阻害することにより、効果を発揮する。ノイラミニダーゼはA、B型に共通であることから、A型、B型インフルエンザ両方に効果があり、リン酸オセルタミビルは経口薬、ザナミビルは吸入薬である。さらに2002年4月にはリン酸オセルタミビル(商品名タミフル)ドライシロップが健康保険の適応となり、1歳以上の小児で使用可能となっている。

 これらのノイラミニダーゼを阻害する抗インフルエンザウイルス薬は、発症後48時間以内に服用することにより、合併症のないインフルエンザでの罹病期間を短縮することが確認されている。また、ハイリスク患者においてもそれまで健常な患者においても、下気道感染症や抗菌薬を必要とするような合併症、あるいは入院を減少させたという報告がある。
昨今リン酸オセルタミビル服用後の異常行動が指摘されているが、現在のところ専門家の調査では明確な因果関係は認められていない。ただ、2007320日には厚生労働省より因果関係は不明であるものの、10歳以上の未成年の患者においては原則として本剤の使用を差し控えることという通知が発せられたいう。リン酸オセルタミビルと異常行動に関しては、今後の更なる調査と広い情報収集、および注意深い解釈が必要であると考えられる。


予防方法(予防接種)

 現在我が国を含め多くの国で用いられているインフルエンザワクチンは、エーテルでウイルスを処理して発熱物質などとなる脂質成分を除き、免疫に必要なウイルス粒子表面の赤血球凝集素(HA)を密度勾配遠沈法によりHAを回収して主成分とした、HAワクチンといわれる不活化ワクチンである。WHOでは、世界から収集したインフルエンザの流行情報から次のシーズンの流行株を予測し、ワクチン株として適切なものを毎年世界各国にむけて推奨している。

 我が国では、毎年インフルエンザシーズンの終わり頃にWHO からの情報および日本国内の流行情報などに基づいて、次シーズンのワクチン製造株が選定され、製造にとりかかる。現在はA型のH3N2とH1N1およびB型の3種のインフルエンザウイルスが、世界中で共通した流行株となっているので、原則としてインフルエンザワクチンはこの3種類の混合ワクチンとなっている。

 2008/09シーズンに向けたインフルエンザワクチン株はA/ブリスベン/59/2007(H1N1)、A/ウルグアイ/716/2007(H3N2)、B/フロリダ/4/2006がワクチン株として選択され、HA抗原含有量はワクチン0.5ml中に各株のHA蛋白が15gづつ含まれている。

 インフルエンザワクチンによる副反応については、軽度の副反応、すなわち局所反応が10%程度、発熱など全身反応が1%以下である。死亡あるいは生涯にわたりハンデイキャップとなる副反応の発生は、予防接種被害認定などの調査に基づいた調査では100万接種あたり1件に満たない。残念ながらゼロではないが、この数字は、現在広く用いられている他のワクチンに比べやや少ない程度で、特にインフルエンザワクチンの安全性が低いと言うことはない。

 基礎疾患のある方は、インフルエンザにかかると合併症を併発する場合があり、高齢者では細菌の二次感染による肺炎、気管支炎、慢性気管支炎の増悪が起こるリスクがある。また、乳幼児では中耳炎や熱性けいれんが、その他の合併症としては、ウイルスそのものによる肺炎や気管支炎、心筋炎、アスピリンとの関連が指摘されているライ症候群などが挙げられる。合併症の状況によっては入院を要したり、死亡したりする例もあり注意を要する。毎年我が国では、小児において年間数百例のインフルエンザに関連したと考えられる急性脳症の存在が明らかとなっている。

 インフルエンザに対して科学的な予防方法として世界的に認められているものは、現行のインフルエンザHAワクチンである。インフルエンザワクチンには、はしかワクチンのように発病をほぼ確実に阻止するほどの効果は期待できないが、高熱などの症状を軽くし、合併症による入院や死亡を減らすことができる。特に65歳以上の高齢者や基礎疾患(気管支喘息等の呼吸器疾患、慢性心不全、先天性心疾患等の循環器疾患、糖尿病、腎不全、免疫不全症(免疫抑制剤による免疫低下も含む)など)を有する方はインフルエンザが重症化しやすいので、ワクチン接種による予防が勧められる。そのような人の周辺にいる人や、その他にインフルエンザによって具合が悪くなることを防ごうと思う人に対しても、ワクチンは勧められる。

 より良いワクチンへの改良開発は当然必要であり、投与回数・投与法(経鼻投与など)・アジュバントの工夫・人工膜ワクチンなど、新ワクチンの研究が進められている。


おわりに

 死亡率の減少などとともに、次第に「インフルエンザはかぜの一種でたいしたことはない」という認識が我が国では広まってしまったが、決してそうではなく、国内でも地球的規模で見ても、インフルエンザは十分な警戒と理解が必要な疾患である。流行に伴う個人的・社会的損失はたいへん大きい。

 また新型インフルエンザウイルスの出現は必至である。これに対する警戒を怠ってはいけないことも強調しておきたい。


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