インフルエンザの臨床経過中に発症した脳炎・脳症の重症化と解熱剤の使用について
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2001.11.30.更新
インフルエンザ脳炎・脳症における解熱剤の影響について
インフルエンザに関連しておこる脳炎・脳症に対するジクロフェナクナトリウム及びメフェナム酸の使用について、本学会の見解は以下のとおりである。
1999、2000年のインフルエンザ脳炎・脳症研究班(森島恒雄班長)の報告では、解熱剤を使用していない症例でもインフルエンザ脳炎・脳症は発症しており、その死亡者が5分の1を占めているところから非ステロイド系消炎剤が脳炎・脳症を引き起こしていることは証明されていない。
しかし、1999年のデータに比して2000年のデータではインフルエンザ脳炎・脳症が発症した場合の致命率についてはジクロフェナクナトリウムは有意差を持って高くなっている。一方、メフェナム酸に関しては2000年の調査でははっきりした傾向は認められなかった。
また、他の非ステロイド系消炎剤の使用については、調査症例数が少なく、現段階でその関連性が明確になっていないので、さらに調査が必要である。
一般的に頻用されているアセトアミノフェンによる本症の致命率の上昇はなく、インフルエンザに伴う発熱に対して使用するのであればアセトアミノフェンがよいと考える。
以上より一部の非ステロイド系消炎剤はインフルエンザ脳炎・脳症の発症因子ではないが、その合併に何らかの関与をしている可能性があり、インフルエンザ治療に際しては非ステロイド系消炎剤の使用は慎重にすべきである。
今後も本症の原因を含めてさらに研究班の継続した調査を要望する。
平成12年11月12日
日本小児科学会理事会
インフルエンザの臨床経過中に発症した脳炎・脳症の重症化と解熱剤の使用について
平成11年度厚生科学研究「インフルエンザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究班」(班長:森島恒雄 名古屋大学医学部教授)より以下の報告を受けた。
1. 平成11年1月から3月までにインフルエンザの臨床経過中に脳炎・脳症を発症した事例に対してアンケート調査を実施し、解析が行えた181例(うち小児170例)について解熱剤の使用の関連性について検討を行った。
2. その結果、ジクロフェナクナトリウム又はメフェナム酸が使用された症例では使用していない症例に比較して死亡率が高かった(表1)。
しかしながら、インフルエンザ脳炎・脳症においては発熱が高くなるほど死亡率が高くなることが知られており、ジクロフェナクナトリウム又はメフェナム酸はこうした重症例の解熱に使用される傾向にあることを踏まえ、さらに統計的な解析を行ったところ、これらの解熱剤とインフルエンザ脳炎・脳症による死亡について、わずかではあるが有意な結果を得た(表2)。
3. 本研究は、今後更なる研究が必要であり、これらの解熱剤とインフルエンザ脳炎・脳症による死亡との関連については、結論的なことは言えない状況と考える。
表1
全症例数 | 死亡者数 | 死亡率 | |
解熱剤使用せず | 63 | 16 | 25.4 |
アセトアミノフェン | 78 | 23 | 29.5 |
ジクロフェナクナトリウム | 25 | 13 | 52.0 |
メフェナム酸 | 9 | 6 | 66.7 |
その他の解熱剤 | 22 | 5 | 22.7 |
(注)複数の薬剤が投与されている症例があるために、症例数の合計は181にならない。
表2
オッズ比 | 95%信頼区間 | |
アセトアミノフェン | 1.03 | 0.48-2.24 |
ジクロフェナクナトリウム | 3.05 | 1.09-9.21(P=0.048) |
メフェナム酸 | 4.6 | 1.03-20.49(P=0.045) |
その他の解熱剤 | 0.71 | 0.21-2.48 |
(注)発熱時の最高体温、年齢、発熱から神経症状発現までの日数を加味して多変量解析により解析した。
インフルエンザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究班の補足
厚生省医薬安全局安全対策課より、インフルエンザ脳炎・脳症における解熱剤使用についての私共の研究班報告(インフルエンザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究班)の結果が発表されるとうかがいました。インフルエンザが今年も流行し始めた現在、医療の現場で混乱が起こることを私共は心配しております。発表したデータは客観的資料に基づきだされた結果ですが、症例数が解析には満足すべき数に達していない薬剤もあり、今後のさらなる調査が必要と考えています。
(1)インフルエンザ脳炎・脳症において発熱が高くなる程予後は悪くなります。
(42度以上では100%死亡、41度以上では同42%)
(2)一般に今回問題となったジクロフェナクナトリウムやメフェナム酸はこうした熱の下がりにくい子どもたちに使われる傾向にあります。
(3)したがって表1の解釈にはこの点に配慮する必要があります。
(4)発熱時の最高体温を含めた多変量解析がおこなわれたのは、こうした様々な因子を考えにいれて評価する必要があると判断したためです。
(5)多変量解析の結果は表2に示しましたように、インフルエンザ脳炎・脳症の死亡と解熱剤のあるものに有意な差がでてまいりましたので、厚生省にご報告した次第ですが、その有意差はわずかなものでした。
(6)また、重要な点は、解熱剤を使用しない症例でも25.4%死亡し、また比較的安全と思われるアセトアミノフェンでも29.5%死亡が認められており、解熱剤だけが原因でこの病気が起きるわけではありません。
今後さらなる原因の究明と治療・予防方法の確立が急務と考えます。以上を研究班として補足させていただきます。
インフルエンザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究班
森島恒雄 (班長、名古屋大学医学部保健学科)
富樫武弘 (市立札幌病院小児科)
横田俊平 (横浜市立大学小児科)
奥野良信 (大阪府立公衆衛生研究所)
宮崎千明 (福岡市立心身障害者福祉センター)
田代眞人 (国立感染研 ウイルス製剤部)
岡部信彦(国立感染研 感染症情報センター)
インフルエンザ関連脳症についての見解
日本小児感染症学会運営委員会
(小児感染免疫 1999,Vol.11,No.4, 429-431)
福島市で開催された第31回小児感染症学会総会(会長 鈴木 仁 教授、福島県立医大)において、インフルエンザ関係の演題が30題に上り、その内、インフルエンザ関連脳症の演題は15題を占めた。脳症の問題は、我が国の小児科臨床上の大きな問題となり、さらに社会問題となりつつある。本学会においても、脳症のいくつかの問題点について、現状での見解をとりまとめ、会員と全国の小児科医に情報を伝え、診断、治療などに混乱を招かないようにする必要がある。
発生状況
厚生省の研究班「インフルエンザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究」の報告では、平成11年1月1日から3月31日までに、小児で、217例(そのうちインフルエンザの確定診断がついている例が129例)の脳症と考えられる症例があり、5歳までに全体の82.5%が含まれ、中央値は3歳であった。217例のうち、完全に回復したものが86例、後遺症の残ったものが56例、現在経過観察中が17例、死亡したものが58例であった。インフルエンザの発症から脳症の症状を呈するまでの期間は、平均1.4日であった。インフルエンザワクチンの接種例はなかった。
原因
インフルエンザ関連脳症のほとんどの症例が、A香港型インフルエンザウイルス感染に伴って発症している。しかし、pathogenesis
は現在のところ不明で、いくつかの説が提案されている。
1)インフルエンザウイルスが、ウイルス血症を介して、中枢神経系に侵入して、脳症を起こす。
2)インフルエンザウイルスが、ウイルス血症を介して、中枢神経の血管内皮細胞に感染しサイトカインが産生され、脳血管を障害し脳症となる。
3)インフルエンザの全身症状(高熱、頭痛、四肢痛、倦怠感)は、呼吸器細胞や単核球、リンパ球から産生されるサイトカインによって生じるといわれる。インフルエンザウイルス感染により、サイトカインが異常に強く産生され脳症を起こす。
欧米では、日本で報告されているような、インフルエンザ脳症の多発はみられないので、インフルエンザ感染に加えて、HLA、人種、薬剤等の要因も考えられている。
解熱剤の使用について
脳症の多発が問題になるにつれて、欧米でのライ症候群とアスピリンの関係から、我が国でのインフルエンザ関連脳症についても、解熱剤が関与しているのではないかという懸念が広がっている。一部では、インフルエンザには、解熱剤を使用するべきでないという意見もでている。しかし、幼児のインフルエンザでは、高熱が持続するために、非ステロイド系抗炎症剤を使用せざるを得ない症例も多い。本学会では、解熱剤を使用していないにもかかわらず、脳症を発症した例も報告された。欧米でも、アセトアミノフェンと非ステロイド系抗炎症剤であるイブプロフェンの解熱剤は小児のインフルエンザ患者に日常的に使用されている。少なくとも、現在、我が国の小児科で中心的に使用されている、アセトアミノフェンの使用は、脳症の発症に関連はないとする意見が多数を占めた。
診断
臨床経過からは、脳症の発症の可能性を予測することは出来ない。
脳症を疑う重要な臨床症状として意識障害があるが、発症患者に低年齢の幼児が多いこともあり、意識障害の出現を早期に見極めることは困難である。また、インフルエンザ脳症では、痙攣を伴う例が多数を占め、低年齢層では、ほとんどの症例にみられるが、熱性痙攣の好発する年齢でもあり、痙攣をもって脳症を予測することは出来ない。ただし、痙攣が長引いたり、意識障害が確認できる場合は脳症を疑う必要がある。
脳圧亢進症状を早期に発見することが重要で、髄膜刺激症状、精神症状(興奮など)を注意深く観察する。画像診断では初期には変化がみられないことも多い。
ウイルス診断としては、A型インフルエンザの迅速診断キットが発売され保険適応も認められた。これを利用すれば、ウイルス感染の有無は、約10分で診断可能である。鼻汁や気管内吸引物を検体とすれば、ウイルス分離と比較して、90%以上の感度が期待できる。
治療
インフルエンザ脳症に対する確立した治療法はない。脳浮腫に対する脳保護療法、抗脳浮腫療法が主体である。アマンタジンがA型インフルエンザに有効であることから、脳症の治療にも試みられているが、現時点では、有効性について結論は出ていない。
アマンタジンは、A型インフルエンザ用の抗ウイルス剤であり、治療に用いると、発症後48時間以内ならば、軽症化が期待できる。本学会においても、小児のインフルエンザに使用して、有意な解熱効果が認められたことが報告された。
脳症は、ほとんどの症例が、A香港型インフルエンザ感染症に伴って発症しているので、多くの施設で、アマンタジンによる脳症の治療が試みられている。欧米では、脳症の多発はないことから、脳症に対するアマンタジンの用法、用量等に定説はない。本学会での報告では、5-8mg/kg/日、分2で、1週間前後の投与がなされている。意識障害のあるときは経胃管投与、意識回復後は、内服させている。嘔吐や胃出血のあるときは、アマンタジンの注腸投与も試みられ、経口と同程度、血中濃度の上昇することが証明された。アマンタジンの効果は、発病早期に、肝機能異常のない時期に投与が開始された場合は、有効例が多い印象がある。
インフルエンザ発症後、脳症を疑って、どの時点で、アマンタジンの投与を開始するかには、一致した意見はない。早期に使用すれば、作用機序から、有効性は高いと考えられるが、迅速診断でA型インフルエンザが証明され、特に痙攣が認められる例には、アマンタジンを投与することを奨める意見もある。しかし、耐性ウイルスが出やすいことや、副作用の点から、アマンタジンの使用に慎重な意見もある。
1歳以下の乳児での使用には反対意見が多い。
インフルエンザワクチン接種について
インフルエンザ予防には、乳幼児であっても、ワクチン接種は、安全で有効な方法である。ただし、その有効性は、学童に比べると低く、特に、B型インフルエンザでの効果は低い。本邦の報告では、A香港型インフルエンザには、大きな抗原変異があった状況下でも、2-6歳児で、50%以上の感染防止効果が報告されている。