国立感染症研究所 感染症情報センター
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◇ E型肝炎 1999年4月〜2008年第26週(2008年7月2日現在)


 E型肝炎はE型肝炎ウイルスが経口感染することによっておこる疾患である。従来水系感染が主であると考えられており、インド、中央アジア、北アフリカ、中国などでの大規模な集団発生が知られている。欧米諸国や日本などの先進国では散発的に発生し、途上国への渡航により感染するものが大半を占めると考えられていたが、近年、渡航歴のない患者発生が散見されるようになり、先進諸国においてもE型肝炎ウイルスが土着していると考えられるようになった。
 臨床経過としては、3〜8週間(平均6週間)の潜伏期を経て、全身倦怠感、食欲不振、黄疸、発熱などの症状で発症する。小児での不顕性感染はA型肝炎ほどには多くない。通常は1カ月間で完治し、慢性化することはない。しかし、時に劇症化して死に至ることもあり、致命率は全体で1〜2%とA型肝炎と比較して高く、特に妊娠第3半期の妊婦では20%に上るとの報告もある。

報告数推移
 E型肝炎は、1999年4月の感染症法施行から急性ウイルス性肝炎の一部として全数把握の対象疾患となり、さらに感染症法の改正によって、2003年11月5日からは単独疾患として四類感染症に分類され、無症状病原体保有者を含め、すべての医師に届出が義務付けられている。
 感染症法のもとで報告されたE型肝炎の発生動向をみると、1999年(4月〜)0例、2000年3例、2001年0例、2002年16例、2003年31例、2004年41例、2005年43例、2006年71例、2007年56例、2008年〔〜第26週(〜6月29日)〕27例であった。2007年は2006年より減少したものの、2002年以降増加傾向が認められ、とくに2006年は大きく増加した(図1)。この増加については、病原体検査(HEV IgM抗体検査、RT-PCR法)の普及や、E型肝炎に関する医師の理解が深まったことによる影響なども考えられ、発生そのものが急増しているとは一概には言えない。

報告症例全体の概要
 
1999年4月(感染症法施行)〜2008年第26週に報告された累積報告数は288例であり、都道府県別では39都道府県から報告された(図2)。288例のうち、無症状病原体保有者は3例であった。推定感染地域別では、国内感染例218例、国外感染例67例、不明3例であった(図1)。E型肝炎の潜伏期は比較的長いため、国外感染が認識されない可能性も考える必要がある。
 性別では男性236例、女性52例で男性に多い。年齢中央値は55歳(14〜86歳)〔男性55歳(14〜86歳)、女性55歳(25〜82歳)〕で、50代(78例)、60代(67例)に多く、特に男性の50代、60代だけで全体の半数近くを占めている(図3)
 死亡の報告は4例あり、いずれも男性で50代1例、60代2例、70代1例であり、それらの集計による致死率は1.4%であった。但し、感染症法のもとでは診断した医師からの届出は原則診断時の1回であるため、死亡の報告については届出時点以降での発生が十分に反映されていない可能性がある。
 感染経路(推定または確定として報告される)をみると、経口感染の記載があり飲食物の記載があったもの128例、輸血3例、その他・不明157例であった。飲食物の内訳では(複数記載のものを含む)、ブタ52例〔27例は肝臓、14例はホルモン(5例は肝臓をともに摂取)、生の記載が14例にあり〕、イノシシ31例〔肝臓10例、心臓2例(いずれも肝臓をともに摂取)、ホルモン1例、生の記載が7例にあり〕、シカ24例(生の記載が11例にあり)、その他28例であった。なお、シカとイノシシには7例で重複がみられた。
 症状の報告については、2006年4月以降、それまでの自由記載から主な症状については選択可能な様式となった。そこで、2007年に報告された56例のうち患者(有症状者)54例について集計すると、肝機能異常47例(87.0%)、全身倦怠感46例(85.2%)、黄疸34例(63.0%)、食欲不振30例(55.6%)、発熱24例(44.4%)、肝腫大12例(22.2%)であり、その他の症状として、褐色尿2例、腹痛、右季肋部痛、眠気、下痢、咽頭痛各1例が記載されていた。
 診断方法をみると、血清IgM抗体の検出により診断されたものは241例であり、PCR法は95例で、48例は重複していた。遺伝子型は36例で判明しており、その内訳はG1が1例、G3が12例、G4が23例であった。

図1. E型肝炎の年別・感染地域別報告数 図2. E型肝炎の都道府県別・感染地域別報告数(1999年4月〜2008年第26週) 図3. E型肝炎の性別・年齢群別・感染地域別報告数(1999年4月〜2008年26週)


国内感染例
 国内感染とされた218例は、性別では男性177例、女性41例で、年齢群別では50代(63例)、60代(57例)が多く、年齢中央値は57歳(14〜86歳)〔男性58歳(14〜86歳)、女性57歳(34〜82歳)〕であった。都道府県別では北海道(78例)が飛びぬけて多く、次いで愛知県(14例)、東京都(13例)、長野県(9例)の順であった(図2)。感染地域として都道府県名まで報告されるようになったのは2006年第13週以降であり、それ以降の国内感染例として報告された100例についてみると、報告地都道府県と感染地都道府県の異なっていたものは13例あり、報告地/感染地は、東京都/群馬県、神奈川県/埼玉県、愛知県/滋賀県、奈良県/大阪府、山口県/北海道が各1例、残り8例は感染地都道府県不明であった。発病年月日の記載があったものは196例あり、発病時期については、全体に夏から秋と比較して、冬から春にかけて報告の増加傾向がみられた(図4)。この点については後述するが、感染源と考えられ得るイノシシやシカ猟の解禁時期が一般に11月から2月であることと関連している可能性が推察される。
 218例のうち、感染経路が経口感染と記載され、さらにその飲食物の種類が記載されたもの111例について、地域ブロックと感染原因飲食物を図5に示した。飲食物の内容は、ブタ47例(うちブタを含み複数記載されたものとして、ブタ・ウマ、ブタ・ホタテ、ブタ・貝類各1例)、イノシシ24例、シカ15例、イノシシ及びシカ7例、シカ及びクマ1例、その他としては、種類不詳の肉や魚貝類などの記載があった。ブタ47例のなかで、26例が肝臓を、14例がホルモンを食しており、13例に生食の記載があった。地域ブロック別では北海道23例、関東・甲信越より14例が報告された。イノシシ計31例のなかで、10例が肝臓を食しており、7例に生食の記載があった。九州より14例、東海北陸より8例、中国四国より5例の報告があった。シカ23例のなかでは、肝臓を食したのは1例のみで、9例に生食の記載があった。九州より7例、近畿より6例、北海道より4例報告された。

 218例のなかで発病年月日の記載のあった196例を報告月別でみると(図4)、1月から4月にかけての報告が明らかに多く、イノシシやシカの野生動物摂取例もまた主に1月から4月にかけて報告されている。前述したようにイノシシ猟やシカ猟の解禁期間は一般に11月から2月であるので、1月から4月はこの期間に潜伏期間を加味した期間と考えることができるだろう。飲食物の種類と報告地域からみると、ブタ摂取例が北海道、東北、関東・甲信越で多くみられるのに対し、イノシシおよびシカ摂取例は東海北陸、近畿、中国四国、九州で多くみられた。イノシシやシカを食する習慣が、国内におけるE型肝炎の疫学に影響を及ぼしていることがよくわかる。
 218例のなかで遺伝子型を把握できたものはG3型が11例(北海道3例、東北3例、関東・甲信越3例、東海・北陸1例、近畿1例)であり、うち3例はブタ摂取例であった。G4型が22例(北海道20例、関東・甲信越1例、東海・北陸1例)であり、8例はブタ摂取例、1例はイノシシ摂取例であった。厚生労働科学研究班報告書や文献にも示されているとおり、わが国におけるタイプはG3型あるいはG4型であることが示唆された。

図4. E型肝炎国内感染例の発症月別報告数(1999年4月〜2008年26週) 図5. E型肝炎国内・経口感染例の地域ブロック別・感染原因飲食物別報告数(1999年4月〜2008年26週)


国外感染例
 国外感染と推定された67例は、性別では男性56例、女性11例であり、年齢群別では、20代(20例)がもっとも多く、次いで、50代(14例)、30代(14例)であった。年齢の中央値は39歳(16〜69歳)〔男性43歳(16〜69歳)、女性31歳(25〜51歳)〕であった。推定感染国別では中国29例(1例は香港あるいはフランス)、インド12例(1例はインドあるいはネパール、1例はインドあるいはタイ、1例はインドあるいは東南アジア)、が特に多く、その他、ネパール、バングラデシュ、タイなどアジア諸国の報告がほとんどであった。
 67例のうち、推定感染経路が経口感染と記載され、さらに推定される飲食物の記載のあったものは15例で、水が7例ともっとも多かった。
 ウイルスの遺伝子型を把握できたのは2例で、インドでの感染が推定される1例でG1型を、タイでの感染が推定される1例でG3型であった。


まとめ
 E型肝炎は輸入感染症と考えられていたが、1999年4月以降に報告された症例の大半が国内感染であり、E型肝炎ウイルスはわが国にも土着していることが示唆された。また、報告のあった自治体は必ずしも感染地域を示すわけではないものの、北海道からの報告が特に多かった。
 報告された症例は50代、60代の男性に多く、この世代の男性の食行動との関連が考えられる。推定される飲食物の記載では、ブタ、イノシシ、シカなどの肉や内臓が多く、加熱不十分の可能性があるのみならず、生食と明記された症例も少なからずみられた。イノシシやシカのような野生動物摂食については、季節性、地域性がみられていた。
 今回集計した288例のなかで4例の死亡が報告されており、十分な感染予防策を講ずべき疾患といえる。E型肝炎の疫学の詳細については未だ不明な点が多いので、発生動向調査の充実が必要である。患者の疫学情報の収集に加えて、推定される感染源(特に肉、肝臓)からのウイルス遺伝子検出や遺伝子型検査なども積極的に行うことが望まれる。
 E型肝炎の予防としては、流行地への渡航時には生水などに注意すること、また国内外を問わず、感染源になりうるブタ、イノシシ、シカなどの肉や内臓を食する場合には、十分加熱することが重要である。

感染症発生動向調査週報 2008年第36週に掲載)



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