国立感染症研究所 感染症情報センター
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ジアルジア 1999年4月〜2006年3月(2007年7月31日現在)

 ジアルジア症は、原虫の1種であるランブル鞭毛虫(Giardia lamblia;Giardia intestinalis,Lamblia intestinalisと記されることもある)の感染によって起こる下痢性疾患である。ランブル鞭毛虫は世界的に広く分布するが、特に熱帯・亜熱帯地域の衛生環境が不良な地域に多く、患者・感染者の糞便中に排出された原虫の嚢子に汚染された水や食品を介して、あるいは手や器物を介してなどにより経口感染を起こす。途上国を中心とした地域への渡航者下痢症の主要な原因のひとつである。また最近は、男性同性愛者での性的接触による感染も注目されている。
 感染しても無症状のことも多いが、2〜8週間の潜伏期ののちに発症すると、食欲不振、腹部不快感、下痢、腹痛などの症状を示す。下痢は非血性で、水様または泥状便であるが、脂肪性下痢を示すこともある。排便回数は1日数回〜20回以上とさまざまであり、長期化すると、吸収不良症候群により体重減少などを生ずることがある。発熱は多くの場合みられない。胆管や胆のうに侵入して、肝腫大、黄疸、肝機能異常、発熱などを生ずることがある。
 ジアルジア症は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(1999年4月施行)に基づき、2003年11月4日までは4類感染症、11月5日以降は5類感染症として、診断したすべての医師に患者の届出(症状を有する者のみが対象で、無症状病原体保有者は届出対象外)が義務付けられ、その発生動向が把握されている。今回は1999年第13週(4月1日から)〜2006年第12週(3月26日まで)の報告例について解析する。この期間には、最近数年間の居住地が届出項目とされており、この情報を加えて集計・解析するためである(その後はこの項目がなくなった)。

<年次報告数、感染地域・居住地域・都道府県別報告数>
 1999年4月1日〜2006年3月26日の約7年間に届け出られたジアルジア症は683例であり、感染地域別では、国内298例(43.6%)、国外271例(39.7%)、不明114例(16.7%)であった。年間報告数は毎年100例前後で推移しており、また例年、国内感染例と国外感染例がほぼ1:1の状況がみられた(図1)
 都道府県別では、東京都198例、神奈川県97例、大阪府76例、京都府45例、千葉県31例の順に多く、国内感染例に限ってみても同様であり、概して大都市圏からの報告が多かった(図2)
  居住地が国内の者(559例)に限ってみると、感染地域は国内297例(53.1%)、国外178例(31.8%)、不明84例(15.0%)であり、国内感染が半数以上を占めた。居住地を国外とする者(98例)の感染地域は、国外92例(94%)、不明6例(6%)であった。
 感染症法のもとでの届出は、診断時一回のみを原則とされているが、死亡の報告はなかった。
図1. ジアルジア症の感染地域別・年次別報告数推移(1999年〜2006年3月) 図2. ジアルジア症の感染地域別・都道府県別報告数(1999年〜2006年3月)

<国内感染例>
 国内感染298例における最近数年間の居住地は、国内が297例、不明が1例であった(図3)
 性別は、男性220例、女性78例(男性/女性=2.8/1)で、男性が多かった。年齢中央値は44.5歳(1〜91歳)であった。男性220例は、年齢中央値42.5歳(1〜81歳)であり、年齢群別では30代をピークとして20〜60代が大半を占めた(図4)。感染経路としては、不明が103例(47%)と約半数あり、不明以外では、経口感染81例(37%)、性的接触26例(12%)、動物からの感染4例(2%)、接触感染2例(1%)、経口及び性的接触2例(1%)、水系感染(詳細不明)1例、その他(し尿収集)1例であった。性的接触26例の内訳は、異性間8例(他に、経口感染が同時に推定された2例あり)、同性間15例、不明3例であった(図5)。女性78例は、年齢中央値52.5歳(1〜91歳)であり、年齢群別では、50代をピークに20〜60代が多かった(図4)。感染経路としては、男性同様に不明が38例(49%)と約半数あり、不明以外では、経口感染35例(45%)、性的接触2例(3%)、経口及び性的接触1例(1%)、接触感染1例(1%)、動物からの感染1例(1%)であった(図5)
 発病月は、記載があった153例についてみると、6月が最多で、12〜4月に比して、5〜11月がやや多かった(図8)

図3. ジアルジア症の居住地域別・感染地域別報告数(1999年4月〜2006年3月) 図4.ジアルジア症国内感染例の居住地別・年齢群別報告数(1999年4月〜2006年3月) 図5.ジアルジア症国内感染例の感染経路別・年齢群別報告数(1999年4月〜2006年3月)

<国外感染例>
 国外感染271例の居住地は、国内が178例(65.7%)、国外が92例(33.9%)、不明が1例(0.4%)であった。すなわち、日本からの海外渡航によって罹患したと考えられるものが2/3、国外に居住していて日本に来て発見されたと考えられるものが約1/3を占めた(図3)。報告内容には、氏名、職業、国籍などは含まれていないので、国外居住者として把握された患者が、日本人の長期出張者か、外国人渡航者かなどの詳細は把握できない。また、感染地域、居住地ともに国外者(92例)は、そのほとんど(87例)が、当該居住国での感染と推定されていた。
 性別は、男性194例、女性77例(男性/女性=2.5/1)で、男性が多かった。年齢中央値は31歳(7〜78歳)であった。男性194例は、年齢中央値33歳(8〜78歳)であり、年齢群別では、20代をピークとして20〜50代が大半(91%)を占めたが、これを居住地域別にみると、国内を居住地とする者では20代に大きなピークがあるが、国外を居住地とする者では20代より、30〜50代の者が多かった(図6)。感染経路としては、経口感染172例(88%)、性的接触(異性間)1例(1%)、不明21例(11%)であった(図7)。女性77例は、年齢中央値27歳(7〜62歳)であり、年齢群別では、20代が特に多く、次いで30代であり、20〜30代で大半を占めた(図6)。感染経路としては、経口感染70例(91%)、不明が7例(9%)であった(図7)
 発症月は、記載があった例では、3〜4月及び7〜9月に比較的多く、長期休暇による渡航の影響が考えられた(図8、図9)
 国外感染271例の感染国を(表)に示した。感染国を地域別に集計すると、アジア201例(74%)が約3/4を占めた。アジアの中では、インド亜大陸/南アジア104例が約半数を占め、次いで東南アジア64例、東アジア21例の順であった。国別では、インド(74例:居住地国内70例、国外4例)、中国(17例:居住地国内15例、国外2例)、フィリピン(16例:居住地国内5例、国外11例)、タイ(15例:居住地国内9例、国外6例)であった。アジア以外では、アフリカ18例、南米11例、中東9例、中米8例、北米5例、欧州4例、大洋州4例の順であった。

<検査材料>
診断は顕微鏡下での原虫の確認によるが、検査状況不明の1例を除く682例で確認されており、その検査材料は、便655例(便及び血液の1例を含む)、胆汁7例、大腸液4例、膵液4例、十二指腸液1例、イレウス管1例、不明10例であった。

図6.ジアルジア症国外感染例の居住地別・年齢群別報告数(1999年4月〜2006年3月) 図7.ジアルジア症国外感染例の感染経路別・年齢群別報告数(1999年4月〜2006年3月) 図8.ジアルジア症の感染地域別・発症月別報告数(1999年〜2006年3月)
図9.ジアルジア症国外感染例居住地域別・発病月別報告数(1999年〜2006年3月) 表.ジアルジア症国外感染例の感染地域・感染国(1999年〜2006年3月)

まとめ:
 ジアルジア症は、1999年4月〜2006年3月の7年間に、わが国において683例が診断・報告された。年間報告数は100例程度であり、感染地域不明を除き、国内感染例(298例)と国外感染例(271例)はほぼ同数であった。また、国外感染例の約1/3は、最近数年間の居住地が国外であり、そのほとんどが当該居住国での感染であった。国外感染例の感染地域は、アジア(201例)が74%を占め、なかでもインド(74例)が最多であった。
 性別では、国内感染例(男性/女性=2.8/1)、国外感染例(男性/女性=2.5/1)ともに男性が多かった。年齢中央値は、国内感染例の男性57歳、女性35歳、国外感染例の男性41歳、女性28歳であり、女性に比べ男性の年齢が高く、国外感染に比べ国内感染例の年齢が高かった。国内感染、国外感染ともに幅広い年齢層から報告されてはいるものの、小児例(15歳未満14例)は少なく、成人層が中心であった。ジアルジア症は途上国だけでなく、北米やヨーロッパでも流行が報告されており、一般的には小児が罹患しやすいとされている。また、先進国の保育施設での流行の報告も少なくない。これらの報告に比べ、わが国における報告では小児の報告例は少なかったが、これは本症が鑑別診断に上がることが少ないことによる過小評価とも考えられる。
 感染経路としては、国内感染例では、男女ともに約半数が不明で、次いで経口感染が多かったが、他に性的接触が男性の12%(220例中26例。同性間7%、異性間4%、いずれか不明1%。20〜50代)、女性の3%(78例中2例。ともに異性間。ともに20代)で推定されていた。国外感染例では、男女ともに経口感染が約9割を占めていた。
 ジアルジア症の感染予防としては、少なくとも途上国への渡航に際しての飲料水や食品からの経口感染、川などでの遊泳による水系感染に留意する他、性感染症の一面を持つことを知っておく必要がある。臨床現場では、下痢症の診療において、途上国への渡航歴(家族等の渡航歴も含む)、性的接触による感染の可能性を考慮することはもとより、国内感染例も国外感染例と同程度に発生していることを念頭に、原因がはっきりしない、あるいは遷延する下痢症の場合などでは特に、本症の可能性を疑うことも必要であろう。特に、成人に比して感受性が高いとされる小児や、再発を繰り返して難治性となることも多いとされるHIV感染者等免疫不全者の感染には注意を要する。無症状の健康嚢子保有者が感染源となることにも注意が必要である。さらに検査に際しては、集嚢子法や蛍光抗体染色などを用いて、検出効率を高めて検査を実施することが重要である。


感染症週報 IDWR 2008年13週号に掲載)


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