国立感染症研究所 感染症情報センター
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インフルエンザ ジフテリアの基礎知識


6. 治 療
 

治療用抗毒素
 1890年にBehring、北里がジフテリアの治療に抗毒素療法が有効であることを証明、報告した。以来、ジフテリア患者の治療にはウマ抗毒素が用いられている。ジフテリアをはじめとしてボツリヌス、破傷風等の毒素性疾患はできるだけ早期に抗毒素療法を行うことが、もっとも効果的な治療法である。しかし、現在の治療用抗毒素はトキソイド及び毒素をウマに注射して得られた高度免疫血清を材料としたもので使用に際して血清病が心配される。今後製剤中の特異抗体以外の成分を可能な限り除去する精製方法の改良が望まれる。また、最近バイオテクノロジーを用いたヒト型モノクローナル抗体の開発研究がアナフィラキシーを避けるために行われているが、実用化には至っていない。

抗毒素の使用方法
 使用に際しては血清病に注意するように、以下の試験を行うとともに、不測の事態に備えてノルアドレナリンや抗ヒスタミン剤をはじめアレルギー反応ことにアナフィラキシー反応への対応が出来るように準備しておくことが必要である。
 別紙に使用説明書とともに抗毒素の保管場所を示す(資料1資料2)。

抗生物質
 一般的にエリスロマイシン、ペニシリンが有効のようである。

 代表的な投薬法を以下に示す。                 

抗菌薬
エリスロマイシン  40mg/kg/day, 最大1日用量:2g/day
ペニシリンG 体重10kg 以下 300,000 U/day 皮下
体重10kg 以上 600,000 U/day 皮下
       
接触者への予防投薬(米国)
エリスロマイシン 小児 40mg/kg/day,7-10日間
             成人 1g/day, 7-10日間
ベンザシン PCG 6 才以下 600,000 U
6 才以上 1,200,000 U


7. 関連検査項目(シック試験、モロニー試験)

シック試験: ジフテリアに対する免疫の有無を判定するために、一定量のジフテリア毒素をヒトの皮内に注射する。試験陽性者は体内に抗毒素がないか、または注射した毒素を十分に中和する抗毒素がないために発赤を認め、陰性者( 抗毒素保有者) は発赤を認めない。ジフテリアの疫学調査に重要であり、感染防御抗体レベル (シックレベル) の0.01 IU/ml を定性的に測定できる。国際的には標準シック毒素液がWHO により配布され、1 シック試験量中には 1/50 MLD(Minimum Lethal Dose:最小致死量) を含むことが規定されている。微量の抗毒素を定量的に測定することが可能となったため、日本では1984年よりヒト用のシック毒素の製造は中止された。

モロニー試験:トキソイド被接種者がジフテリアトキソイドに対してどの程度反応性を有するかを検査する皮内反応試験である。通常、接種に用いるトキソイドを20-50倍に希釈(滅菌生理的食塩液等)し、その0.1mlを前腕皮内に注射し、24時間後に発赤が10mm以上の場合は、学童にはトキソイドを希釈するか、または接種量を減量する事が望ましい。成人では10mm以上の陽性者にはトキソイドの接種は行わない方が安全である。この反応はトキソイド製剤中の夾雑物に対する反応が主体と考えられているが、トキソイド自体に対する反応も完全には否定できない。


8. おわりに
 ジフテリアの患者が発生した際には、早期に適切な診断を行い遅滞なく治療を開始することが、患者の予後を考えた場合、臨床上最も重要であることは専門家の共通認識となっている。ジフテリアを経験したことのある医療関係者が稀少となっている我が国の現状の中で、このまとめがジフテリア患者発生時の初期対応に活用されることを期待している。
 我が国においては患者数の激減により、ジフテリアは今や「制圧」されたと錯覚されている傾向があるが、これはトキソイドワクチンの接種による個人・社会免疫によりかろうじて維持されているにすぎない現象であるとも指摘されている。ロシア・東欧地域での流行の実態などを考慮した場合、ワクチン接種率の低下などにより、患者数が再び増加することも懸念される。また、熱帯地方では皮膚ジフテリアも問題となっている。最近、これらの地域への商業目的あるいは観光目的の渡航者も増えており海外で感染した事例も報告されている。これらの海外の状況を考慮した場合、国内でも患者が発生する危険性は依然として存在している。ジフテリアに対する現行のトキソイドワクチンの予防効果は確認されており、社会防衛の視点からも、トキソイドワクチンの接種の機会を逃した児童、有効なジフテリア抗体価を有しない成人や高齢者に対しては、トキソイドワクチンの接種を推奨していく必要があろう。

<ジフテリアの診断・治療に携わる検査・医療従事者の心得>

   1.抗毒素の測定とトキソイド接種
 血中のジフテリア抗毒素価を細胞培養法で測定し、0.1IU/ml以下の場合は成人用ジフテリアトキソイドまたは破傷風の予防を兼ねたジフテリア破傷風混合トキソイドを接種する。抗毒素価の測定は以下の施設に問い合わせる。

 2.菌と毒素の取り扱いに注意する
 ジフテリア患者または疑わしい患者由来の検体を検査する場合は、適切な試験・検査の環境で行う。ジフテリア菌はバイオセフティー上レベル2であるため取り扱い実験室は封じ込め度P2が要求されている。近年、ジフテリア菌を取り扱かった海外の施設で実験室感染が起こり、作業担当者が感染した事例もある。動物試験における毒素の取り扱いも注意し、試験終了後の動物は消毒、焼却等の処理・管理に注意を要する。



 ジフテリア抗毒素価測定実施機関

 国立感染症研究所 細菌・血液製剤部
       〒208-0011 東京都武蔵村山市学園4-7-1
       TEL:042-561-0771  FAX:042-561-7173
 北海道立衛生研究所*  
       〒060-0819  札幌市北区北19条西12丁目
       TEL:011-742-2211 FAX:011-736-9476
 秋田県衛生科学研究所 
       〒010-0874 秋田県千秋久保田町6番6号
       TEL:0188-32-5005 FAX:0188-32-5938
 茨城県衛生研究所*
       〒310-0852 水戸市笠原町993番2番
       TEL:0292-41-6652  FAX:029-243-9550
 東京都衛生研究所*  
       〒169-0073 新宿区百人町3丁目24番1号
       TEL:03-3363-3231  FAX:03-68-4060
 千葉県衛生研究所 *
       〒260-0801 千葉市中央区仁戸名町666番地2
       TEL:043-266-6723  FAX:043-263-5544
 静岡県環境衛生科学研究所 
       〒420-0881 静岡市北安東4丁目27番2号
       TEL:054-245-0201 FAX:054-245-7636
 富山県衛生研究所*
       〒939-0363 富山県射水郡小杉町中太閤山17丁目1番
       TEL:0766-56-5506 FAX:0766-56-7326
 福井県衛生研究所*
       〒910-0825 福井市原目町39番4号
       TEL:0776-54-5630 FAX:0776-54-5630
 岐阜県保健環境研究所
       〒500-8226  岐阜市野一色4丁目6番3号
       TEL:0582-46-1101 FAX:0582-46-1140
 三重県衛生研究所
       〒514-0003 津市桜橋3丁目446番地34
       TEL:0593-29-3800 FAX:0593-29-3004
 大阪府立公衆衛生研究所 
       〒537-0025 大阪市東成区中道1丁目3番69
       TEL:06-972-1321 FAX:06-972-2393
 兵庫県立衛生研究所*
       〒652-0032 神戸市兵庫区荒田町2丁目1番29号
       TEL:078-511-6581 FAX:078-531-7080
 愛媛県立衛生研究所* 
       〒790-0003 松山市三番町8丁目234番地
       TEL:0899-31-8757 FAX:0899-47-1262
 福岡県保険環境研究所*
       〒818-0135 太宰府市大字向佐野字迎田39番地
       TEL:092-831-0660 FAX:092-831-0726
 大分県衛生環境研究センター
       〒870-0946 大分市大字曲芳河原団地
       TEL:0975-69-0802 FAX:0975-69-5150
 宮崎県立衛生研究所*
       〒889-2155 宮崎市学園木花台西2丁目3番2号
       TEL:0985-58-1410 FAX:0985-58-0930
 沖縄県衛生研究所
       〒901-1202 沖縄県島尻郡大里村字大里2085番
       TEL:098-945-0781 FAX:098-945-9366

*:平成10年度流行予測調査実施機関(ジフテリアおよび破傷風抗体調査)
その他は過去において感染症研究所の培養細胞法によるジフテリア抗毒素測定講習会を終了している研究所


9. 文 献
1)Coyle B, Nowowiejski J, Russell Qand Groman B: Laboratory review ofreference strains of Corynebacterium diphtheriae indicates mistyped intermedius strains. J.Clin.Microbiol. 31. 3060-3062, 1993

2)厚生省:ジフテリア.伝染病流行予測調査報告書(厚生省保健医療局疾病対策課結核・感染症対策室),p14-23,平成3年

3)Nikoletti S : Measurement of diphtheria and tetanus antitoxin in blood samples collected on filter papar disks. Epidemiol. Infect. 112, 161-170, 1994

4)Kameyama S., Yamauchi K., Yasuda S. and Kondo S : Influence of anti-fragment A of diphtheria toxin on passive hemagglutination with antitoxin. Jpn, J. Med, BIol., 33, 67-80,1980

5)Miyamura,M., Nishio,S., Ito,A., Murata,R and Kono,R : Micro cell culture method for determination of diphtheria toxin and antitoxin titres using VERO cells. Jpn, J. Med, BIol., 2, 189-201, 1974

6)Akama, K., Kameyama, S., Ito, A and Murata, R. On the in vitro test of toxinogenicity of Corynebacterium diphtheriae(Elek's method). Jpn. J. Bacteriol., 21, 557-563 1966

7)Pallen J, Hay J, Puckey H andEfstratiou A : Polymerase chainreaction for screening clinical isolates of corynebacteria for the production of diphtheria toxin. J. Clin. Pathol. 47, 353-356, 1994

8)佐藤博子. 高橋元秀 :ジフテリアトキソイド. ワクチンハンドブック( 国立予防衛生研究所学友会編), 71-80, 1994.

9)高山直秀ほか: 年齢別破傷風・ジフテリア抗毒素保有率. 感染症学雑誌,62:657-662, 1988

10)Zalma M, Older J and Brooks F : The austin, tetanus,diphtheria outbreak. JAMA, 211, 2125-2129, 1970

11)斉藤志保子ら:6年ぶりに発生したジフテリアと反省点.病原微生物検出情報
(国立予防衛生研究所.厚生省保健医療局疾病対策課)14, 7, 4-5,1993


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