国立感染症研究所 感染症情報センター
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インフルエンザ ジフテリアの基礎知識


4. 細菌学および血清学的検査法
 

(1)細菌学的検査法
疑わしい患者の偽膜やジフテリア症病変部位から、菌を分離することが検査の目的であるが、臨床像によりジフテリアと診断された場合は、菌の検査と並行して早期に抗毒素療法を行うことが必要である。日本国内での分離報告例とその概要を文献等の欄に後述する。
 菌の検査は、患者に抗生物質や抗毒素を投与する前に、偽膜やジフテリア病変部位の材料を直接塗抹しグラム染色、異染小体染色後、鏡検するとともに、選択培地に塗布・培養し菌の分離・同定を行う。一般的な菌の分離・同定法を図3に示す。咽頭拭い液などから菌を培養することが最も重要で変色域、潰瘍部位、扁桃陰窩(tonsillar crypt)からの菌の分離率は高いとの報告がある。ジフテリアの偽膜は、灰白色の滲出物で剥離が困難なうえ、無理に剥がすと出血し易いので注意を要する。また、ジフテリア菌とともに連鎖球菌、ブドウ球菌との混合感染もあり、菌分離・同定による確認を困難にする場合が多い。
 分離培地は、レフレル培地と亜テルル酸塩加血液寒天培地を用いる。レフレル培地(極東製薬から市販)は、ジフテリア菌の発育増殖が早く、10時間前後で肉眼的に観察できる集落を形成する。これに比べ亜テルル酸加血液寒天培地での菌の発育は2-3 日を要し、明確な集落は認められないことが多い。
   菌の同定試験として、菌の毒素産生能を試験する寒天内沈降反応法(Elek法) がある。ジフテリア抗毒素(500単位/ml)をしみ込ませた濾紙を寒天培地内に埋め込み、培地表面に分離した菌を濾紙と直角に交わるように塗抹して培養する。毒素産生株であれば3-4日後から沈降線が、菌の増殖( 毒素) と濾紙( 抗毒素) の最適比のところに形成される。試験の理論を図4に示した。
 菌の染色体DNA 解析、PCR 法による検査法も開発・応用され、感染源や伝播経路の解析に成果を上げている。今後、国内の分離菌を集め、PCR法による解析を行う予定である。

 ジフテリア菌用培地

 分離培養用
   ★荒川変法培地
     組 成  ハートエキス       500 ml
            ペプトン          10 g
            ブドウ糖          2 g
            NaCl            5 g
            活性炭末         0.5 g
            agar            15 g

  pHを7.6に調整後、精製水で960mlにし滅菌する。
 滅菌した1 % 亜テルル酸カリウム溶液を40 ml加え、1000mlとする。
 亜テルル酸塩は、グラム陰性菌の発育を阻害し、陽性菌に対しても発育を抑制する。
 ジフテリア菌が生育すると、亜テルル酸が還元され、生成した金属テルルが菌に吸収され、コロニーが黒色を呈する事により識別が可能となる。

 確認培養用
   ★DSS寒天培地
       組 成  プロテオースペプトン    20 g
              ブドウ糖        1 g
              白糖          10 g
              デンプン         1 g
              NaCl           5 g
              1 %ウオターブルー液  15 ml
              agar          10 g

 pHを7.0に調整後、精製水で1000mlにし、滅菌する。

 [ヨウ素試液の調製法:40 gのKIを100 mlの精製水に溶かし、これにヨウ素を14 g加え、溶解させる。さらに、10 %HCl溶液を1 ml加え、精製水を加え全量を1000 mlとする。]
 使用法はTSI培地やクリグラー培地と同様に、高層部に菌を穿刺し斜面部に塗布する。ジフテリア菌はブドウ糖分解、白糖非分解であるので、斜面部は変化せず、高層部のみ青色を呈する。ヨウ素試液を滴下した場合、ジフテリア菌は分解デンプン(デキストリン)を分解するので紫色を呈しないが、C. pseudodiphtheriticum など、デンプン(デキストリン)非分解のdiphtheroidsは、紫色を呈するため、鑑別が可能である。

  純培養用
   ★Lofflerの凝固血清培地(レフレル培地)
       組 成   1%ブドウ糖ブイヨン   100 ml
             ウマ血清         300 ml

 pHを8.0-8.3に調整した後、10ml程度を中試験管に分注し、血清凝固器に斜めに寝かせ、80℃で2時間の加熱を3日間繰り返し、滅菌と凝固を行う。
 血清成分を含み、培地のpHも、アルカリ側に片寄らせてあるため、共存菌の増殖が抑制されるが、ジフテリア菌は早く増殖し、乳白色のコロニーを形成する。

(2)血清学的検査法
毒素・抗毒素の検出法
 毒素の検査法は抗毒素を測定する方法と基本的に同じであるため、抗毒素の測定法を以下に示す。抗毒素価の測定はジフテリアに対する免疫の程度を知るために行い、ある一定量の毒素を中和するのに必要な抗毒素の量を単位(IU:International unit)として表す。この単位は国際的に統一されている。測定には、in vivo 法としてウサギやモルモットを利用する試験法がある。in vitroの試験法としては、ELISA法、間接赤血球凝集反応法およびVero 細胞を用いた培養細胞法などがある。しかし、抗毒素価の低い場合( <0.1IU/ ml) は、in vitroのELISAやPHA試験法は信頼度が悪く、Vero細胞による毒素中和法またはin vivoにより中和抗毒素価を測定することが確実な方法である。 抗体(抗毒素)の検査は、厚生省伝染病流行予測調査事業に参加する地方衛生研究所で測定可能となっている(参照:後述ジフテリア抗毒素価測定実施機関)。
なお、ジフテリア感染直後に抗体(抗菌、抗毒素)の証明・検査は、現在のところ診断には有意義な方法ではないが、毒素の検出法とあわせて、代表的な方法を以下に示す。

  1 )in vivo 試験法
  a)モルモット試験: 最も古典的で標準法として用いられてきたが、標準ジフテリア抗毒素を標準化する場合を除き、抗毒素を定量する方法としては多くの動物を用いるために実用的でない。毒素活性中の致死と壊死活性を指標とした試験方法である。血清中の抗毒素を測定する場合は、段階希釈した血清と一定量の毒素を混合し、1 時間静置後、モルモットの皮下に注射する。被検血清中の抗毒素価が低いと毒素は中和されず、残存毒素の量により中毒死、局所の壊死、麻痺等の中毒症状、体重の減少等の症状が観察される。対照の標準抗毒素希釈の反応と比較して、被検血清中の抗毒素価を単位( 相対力価) として表す。
分離した菌の培養液中の毒素の証明は、2匹のモルモットの皮内に培養液4 mlを注射する。ただし、1匹には毒素注射の2時間前に250 単位の抗毒素(通常50単位/mlを5ml)を腹腔内注射する。毒素陽性であれば、抗毒素注射モルモットは死亡しないが、他方は2-3日で死亡する。
 モルモットの皮内に毒素を注射し、4日後にモルモットを死亡させる最小量を1 MLDとし、その量は精製した毒素の場合、0.001 mgである。

  b)ウサギ試験: モルモット試験とほぼ同様な原理による方法であるが、1匹の動物で数検体の試験を行うことが出来るので、現在は動物試験にはこの方法が多く用いられている。手技が異なる点は、毒素と被検血清の混合液を脱毛したウサギの背部皮内に注射する。被検血清中に十分な抗毒素が含有されている場合は、毒素は中和され注射局所は無反応であるが、抗毒素量が不十分な場合ではジフテリア毒素による出血(発赤)、壊死が認められ、注射後48時間に最も明瞭に観察できる。この皮内試験はウサギの替わりにモルモットを用いても可能である(分離菌の毒素産生能を試験するには、ウサギに比べてモルモットは簡単である)。

  培養菌液中の毒素の証明方法を以下に示す。   

Tube No. 1 2  3 4 5
培養液(5x) 0.5ml 0.5ml 0.5ml 0.5ml 0.5ml
希釈液 0 0.5ml 2.0ml 0 0
ジフテリア抗毒素 0 0 0 0 0.5ml
(500u/ml) (加熱) (抗毒素添加)

Tube No.4は10分加熱後、室温で1時間静置
  Tube No.5は抗毒素添加後、室温で1時間静置
    ↓
各混合液は 0.1 mlウサギ皮内注射
    ↓
注射後40 - 48時間で判定(発赤、壊死)

 2 )in vitro 試験法
 a)エレク試験:

  培地:  

プロテオースペプトン(Difco) 20.0 g
塩化ナトリウム 2.5 g
酵母エキス 1.0 g
寒天 1 5.0 g
蒸留水 1,000 ml
pH7.6 ,120℃15分高圧滅菌後、約50℃に冷却して新生仔牛血清を、200 ml添加する。直径90 mm滅菌シャーレの底に、500 IU/mlのジフテリア抗毒素をしみ込ませた15×60 mmの滅菌濾紙を置いて、滅菌ガラス棒で濾紙を押さえて、上記培地を約20 ml流し入れて固める。

試験方法: 被検菌と、ジフテリア毒素産生陽性対照菌株を、それぞれ濾紙片と直角に交わるように直線状に塗抹する。37℃で培養し、3〜4日間毎日、沈降線の観察をする。

b)エレク試験変法*(well法):

培 地:  エレク培地と同様に作成するが、滅菌濾紙は使用しないで、シャーレ内の培地を固める前後に、中央に約直径5mmのwellをあける。
(検体数が多い場合には1枚のシャーレに4組程度可能である)
         
試験方法: wellから約10 mm離れた所に、被検菌とジフテリア毒素産生陽性対照菌株を、それぞれ1白金耳量(約1μl)穿刺培養する。
wellに、250〜500 IU/mlのジフテリア抗毒素を9μl添加する。
37℃で培養後、毎日沈降線の出現の有無を観察する。
毒素産生の強い菌(PW8)は翌日(18hr前後)に沈降線が確認できる。

*変法は、原法よりも抗毒素が少量で、より多くの検体を検査できる。
  また、沈降線の出現時間も早い傾向がある。
原法の濾紙は、メンブランフィルターでも代用でき、培地表面に置いて検査を行えば、判定時間もやや短縮できるようである。
D.J.REINHARDT,et.al.1998.Antitoxin-in-Membrane and Antitoxin-in-Well Assays
for Detection of Toxigenic Corynebacterium diphtheriae J.Clin..Microbiol.36:207-210.

Elekの培地作成の注意点:5〜7mm程度のゲル沈に用いる穴開けカップがあれば、培地をシャーレに流す前に間隔をおいて3〜4カ所に置きます。または、培地を流して固まった後で適当な道具で穴を開ける。この培地上へ菌の穿刺培養はキャビネット内で平板培地を持ち、培地表面が見られるようにしてエーゼを垂直に差し込みます。このとき菌が十分塗布出来るように、穿刺中に気持ち程度エーゼを前後・左右した方が良いです。釣菌した6コロニーまでは1つの穴の周りに穿刺出来ると思います。穴の大きさ、即ち添加する抗毒素量(単位)と穴から穿刺する距離により、沈降線のでる場所に違いが生じます。現在の250〜500単位の条件では、穿刺後、菌が増殖した部分に近いところに沈降線が生じます。毒素−抗毒素の量的に最適比の場所です。


c)培養細胞法(Vero細胞法):
  

 材 料 
1.組織培養用マイクロプレート  平底, 96 wells
2.3% CS イーグルMEM Medium (付録参照)
3.VERO細胞: 75?? 培養ビンにフルシート細胞を使用。  
      (継代培養後4〜5日目)
4.検体: レフレル培養上清(0.5-1.0ml回収できる)を15,000 rpm, 5 〜10分遠心し、上清を0.22μmのフィルターで濾過処理。
5.陽性コントロール: ジフテリア試験毒素Lot.M59(1.6×105 CD50/バイアル)3% CSイーグルMEM Medium 10 mlで溶解し、4℃に保存する。(1年間有効)
使用直前に、同Mediumで640CD50/ml (16CD50/ 25μl/well)になるように希釈する。(希釈倍数は、10 mlに溶解した毒素活性を予め測定してから決めることが望ましいが、理論的には25倍希釈で640CD50/mlになる)。
6.標準ジフテリア抗毒素ST-AT Lot.9 (1,060 IU/Amp.)中和試験に用いる。
  3%CS イーグルMEM Mediumで希釈して、10 IU/mlで使用。
7.0.01% EDTA in PBS   (付録参照)
8.2.5 % トリプシンin PBS  (付録参照)


付 録
3%cs Medium (カラ−チェンジ用)
イ−グルMEM 9.4 g (日水製薬)
L- グルタミン 0.3 g
ペニシリン(1) 20 万単位/ 2 ml (明治製菓)
ストレプトマイシン(2) 0.1 g力価/ 0.5 ml (明治製菓)
グルコ−ス 3.0 g
子仔血清 30 ml (GIBCO LABO."Newborn Calf Serum")
1%フェノ−ルレッド(3) 3 ml
純水 1,000 ml
7 W/V%重炭酸ソ−ダ 20ml (大塚製薬 "メイロン")
直ちにミリポアフィルタ−でろ過する( 密栓して4℃に保存。1カ月間有効)
(1) : 20 万単位/ バイアルを純水2mlで溶解して用いる。
(2) : 1 g 力価/ バイアルを純水5mlで溶解して用いる。
(3) : フェノ−ルレッド 1 g + PBS 液 100 ml 高圧滅菌する。


1 2 3 4 5 6 7 8
毒素試験  検体  A
ジフテリア毒素対照  B
中和試験  検体  C
ジフテリア毒素対照 D
細胞対照    E
培地対照 F


(1) A,Cの第1wellに検体(1x)を50μlずつ入れる。
(2) B,D の第1wellにジフテリア試験毒素(16 CD50/25μl )を50μlずつ入れる。
(3) A,B,C,Dの第2well〜第8well に3% CS Mediumを25μlずつ入れる。
(4) E: 細胞対照のwellには、3% CS Mediumを150μlずつ入れる。
(5) F: 培地対照のwellには、3% CS Mediumを200μlずつ入れる。
(6) A,B,C,Dの第1well〜第8well まで、25μl の2倍連続希釈を行う。
(7) A,Bのwellには、全て3 % CS Mediumを25μlずつ入れる。
(8) C,D のwellには、全て標準ジフテリア抗毒素(10 IU/ml)を25μlずつ入れる。
すみやかにミキサーに10秒位かけて、37℃30分反応させる。
(9) 4日間培養しておいたVERO細胞の培養上清を捨て、0.01 %EDTA in PBS 18 mlと、2.5 %トリプシンin PBS 2 mlを加えて、37℃10分 静置する。
(10) 細胞をピペットではがし、50 mlコニカルチューブ に全量を移し、3%CS Medium を20 ml加えて混和後、1,000 rpm 5分遠心する。
(11)上清を捨て、3 % CS Medium 10 mlを加えて細胞を再浮遊させる。
(12) 3 % CS Medium で、(11) の液を更に約7倍*希釈する。
(簡易法)
  *: 75℃の培養ビンで4日間培養の場合の条件です。
5日間培養した場合は、約10倍希釈して下さい。
最終濃度は、約30万個/ml (1.5×104/well)になります。
(13) マイクロプレートのF (培地対照)を除く全wellに、(12)の液をよく混和しながら、50μlずつ 加え、シーリングフィルムをして、37℃ 4日間培養する。
(14) 細胞の生死を判定する。



判定像のモデルを以下に示す。

1x 2x 4x 8x 16x 32x 64x 128x
1 2 3 4 5 6 7 8
毒素試験  検体  A
ジフテリア毒素対照  B
中和試験  検体  C
ジフテリア毒素対照 D
細胞対照    E
培地対照 F


試験系 細胞の生死 培地の色
毒素試験  検体  
      毒素対照   
細胞死〜増殖
細胞死〜増殖
赤〜黄色
赤〜黄色
中和試験  検体 細胞増殖
細胞増殖
黄色
黄色
細胞対照 細胞増殖
(100%増殖)
黄色
培地対照 (雑菌の混入否定)


上記の場合の検体は、ジフテリア毒素陽性である。

・ワクチン株であるC.diphtheriae PW8 の培養した凝固水中には約6,000倍希釈、通常の臨床分離株では数十〜数百倍希釈まで毒素活性が認められる。

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