国立感染症研究所 感染症情報センター
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インフルエンザ ジフテリアの基礎知識


1. はじめに
 近年、日本国内ではジフテリアトキソイドの接種によりジフテリア患者は激減し、図1に示すように、年間数例が散発的に報告されるだけである。従って、各医療機関ではジフテリア患者に遭遇する機会が少なくなり、またジフテリア患者を診察した経験のある医師が殆どなくなり、適切な診断を早期に行うことが困難となっている。同様に、細菌学や血清学的診断に必要な知識を持った技術者や選択培地が配置されている検査機関がきわめて少なくなり、診断の遅れが医療現場での早期治療の障害となることが懸念される。
 ジフテリアは発展途上国などでは常時蔓延し、呼吸器以外にも皮膚ジフテリア(毒素性症状を呈さず、呼吸器ジフテリアの感染源や自然免疫に関与)などがある。 1990年前半からロシアで起こったジフテリアの流行は、西欧に飛び火し国際的な問題となった。ワクチン接種による防疫が功を奏し、爆発的な患者の発生は収束している。 ジフテリアは国際的に予防対策が必要、可能な疾患として、WHOではExpanded Programme on Immunization(EPI)の対象疾患の一つとしてワクチン接種(DPT三種混合ワクチン)を奨励している。
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キーワード
■トキソイド
細菌感染症を予防する目的で用いるワクチンの中で、菌が産生した毒素を精製後にホルマリンで無毒化したものをトキソイドと呼んでいる。代表的なものとしてジフテリアトキソイド、破傷風トキソイドがある。百日咳菌由来(pertussis toxin)のワクチンもトキソイドの範疇である。

■抗毒素
トキソイドで免疫後に獲得された防御抗体は、特に毒素に対する抗体ということで抗毒素と呼んでいる。in-vitro試験に用いられる抗毒素測定用の抗原は、毒素を高度精製したものが必要である。毒素に対する特異的中和抗体は通常動物試験で行われるが、ジフテリア抗毒素の測定には培養細胞を用いた中和試験法が開発されている。

■Expanded Programme on Immunization ( EPI )
WHOは予防接種推進計画としてジフテリア、破傷風、百日咳、結核(BCG)、ポリオおよび麻疹について、2000年までに各ワクチンの接種率を高めることにより、上記感染症の抑制を目的としている。


2. ジフテリア
 ジフテリア(diphtheria)という言葉は、ギリシャ語のなめし革"diphtheria"(leather hide)という語に由来しており、紀元前 5世紀にHippocratesによって記載されている。紀元前6 世紀頃の流行の記録が残っている。  患者や無症候性保菌者の咳などからの飛沫を介して感染し、潜伏期間は通常1〜10日間あり、2〜5日が最も多い。 感染後、侵される部位により、鼻ジフテリア(anterior nasal diphtheria)、 咽頭・扁桃ジフテリア(pharyngeal and tonsiller diphtheria)、喉頭ジフテリア(laryngeal diphtheria)、皮膚ジフテリア(cutaneous (skin) diphtheria)、 眼結膜ジフテリア(ocular diphtheria)、生殖器(陰門)ジフテリア(genital diphtheria)などの病型に分類される。
 咽頭、喉頭、鼻腔などに感染、増殖した菌は灰白色がかった偽膜(写真1)を形成し(毒素非産生菌の感染でも認められた報告有り)毒素を産生する。 主な症状は咽頭の偽膜性炎症が一般的にみられ、眼、生殖器、腸管など全ての粘膜組織が感染の対象となりうる。心筋炎、神経炎、血小板減少などを伴い、毒素非産生菌の感染の場合は症状は軽いと言われている。
 早期に心筋炎を発症すると死亡率が高くなる傾向にあり、運動神経を中心とした神経炎が見られるが重症化を免れた場合、やがて回復する。軟口蓋の麻痺(3週目)や眼筋、手足、横隔膜の麻痺(5週目)、さらに二次性肺炎、横隔麻痺による呼吸障害、小児では、中耳炎、呼吸不全が見られる場合もある。感染例の多い咽頭ジフテリアの場合は、厚い偽膜と咽頭粘膜の浮腫により気道を閉塞することもあり、熱は通常高くない。重症者では虚脱皮膚の蒼白、頻脈、意識障害、昏睡となり6−10病日で死亡する場合があり、下顎部と前頚部の著しい浮腫とリンパ節腫張を伴い、特徴的な "bullneck"(写真2)を示す。死亡率は平均で5−10 %、5才以下、および40才以上では20 %以上とされている。


3. ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)

 1883年にKlebsにより患部の偽膜で観察され、1884年にLofflerが培養に成功した。
 ジフテリア菌は、コロニーの形態、糖の分解能および溶血性等の違いにより、gravis, mitis, intermediusの3種類のバイオタイプに分けられている。しかし、同型でも性状に違いが認められるという報告もある。過去における患者からの分離例における、gravis, mitis, intermediusの型による分離率の差は明らかではない。傾向として gravis, mitisの分離頻度が高い傾向を示した時代もあるようだが、疫学的調査がきちんと行われたのか不明である。gravisが最も重篤な症状を引き起こす場合が多いが、他のバイオタイプでも毒素を産生するものがある。ジフテリア菌が臨床分離されたら、毒素産生菌か否かを識別することが重要である。菌の毒素産生能と病原性は必ずしも一致しないが、デンマーク、スウエーデンの集団発生時に患者から分離されたジフテリア菌は、DNA解析の結果から特定の型の菌株だけが重症ジフテリアを起こしたことが明らかにされた。1977年に起こった英国の流行はナイジェリアから帰国した毒素産生株保菌者のファージが、毒素非産生株に溶原化して蔓延させたと報告されている。また、牛の常在菌であるCorynebacterium ulceransにジフテリア毒素産生ファージが溶原化して、ヒトが感染した例も報告されている。ジフテリア毒素産生能を持つ保菌動物と濃厚接触する恐れのある農場関係者や不適当な処理の乳製品については、感染源となる可能性が有る。

[形 態]
  ジフテリア菌は、好気性の1.0〜8.0×0.3〜0.8μmの細長いグラム陽性桿菌である。形状はやや多形性であり、棍棒状や亜鈴状、まっすぐなものや湾曲しているものなどが混在する(図2)。柵状や松葉状に重なりあっている場合も見られ、異染小体染色により菌体の末端に異染小体染が観察される。

[培 養]
好気的、嫌気的の両方の環境で培養可能であり、至適温度は37℃、至適pHは7.5±0.3である。血液寒天培地でも発育するが、Lofflerの凝固血清培地で良く発育するため、分離培養や純培養用の培地として用いられる。選択分離培地として、tellurite(亜テルル酸塩)を含む荒川変法培地などが用いられる。同定用の培地にはDSSが用いられる。
 鼻咽腔などから、ジフテリア様の菌が分離された場合には、常在性のCorynebacterium属(diphtheroids)との鑑別が必要である。ジフテリア菌とdiphtheroidsは、デンプン(デキストリン)の分解能が鑑別点となる。

[毒素の産生能と病原性]
ジフテリア毒素は、易熱性のタンパク毒素であり、ウサギやモルモットの皮内又は皮下に注射すると、局所の浮腫、充出血・壊死等を生じ、局所の循環障害を起こす。また、毒素が血流中に入って全身に拡がると、心筋炎・心不全による循環器系障害、四肢の筋肉および呼吸筋などの麻痺( ジフテリア後神経麻痺) の原因となる。毒素の直接作用は、動物細胞のレセプターに結合し、細胞膜から細胞内に侵入しペプチド伸長因子(EF-2)を不活化することによりリボゾームにおけるタン白合成を阻害し、細胞を死に至らしめる。すべてのジフテリア菌がジフテリア毒素を産生する分けではなく、ジフテリア毒素遺伝子を保有するバクテリオファージ(bacteriophage)が感染(溶原化)した菌のみが、ジフテリア毒素を産生する。

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