2004年2月9日の時点で、ベトナムとタイから併せて23例の診断検査により確定されたヒト症例が報告された。このうち78%、18例が死亡した。今回ヒトから分離されたH5N1型ウイルスは、その抗原性も遺伝的にも前回1997年に香港で見られた集団発生のものとは異なり、家禽および、通常とは異なるが多種の野生の鳥も死亡に至らしめているウイルスと関連していると考えられる。
タイの診断検査により確定された5症例のうち4例は、従来健康な6〜7歳の男児であった。彼らは、家族が飼っていた鶏が死んでいた、患鳥に触っていたなどの接触歴があった。鶏の大量処分に関与した者からは、確定例は出ていない。
患者は発熱と咳嗽の発症後2〜6日目に受診した。他の初期症状には、咽頭痛(4例)、鼻汁(2例)、筋肉痛(2例)があった。発症後1〜5日にすべての患者が息切れを訴えた。入院時には全症例に、明らかな肺炎と胸部レントゲン写真上の変化(斑状浸潤影が4例、間質浸潤影1例)が見られた。下痢と嘔吐は見られなかった。末梢白血球数は正常あるいは減少し、4例で低リンパ球数(<1000 /ml)が見られた。肝由来トランスアミナーゼは軽〜中等度の上昇が見られた。
すべての患者が酸素投与を必要とし、平均7日間(4〜10日)の気管内挿管が必要であった。2例が気胸を起こした。呼吸不全を起こした後に、強心薬投与が必要な心機能の低下が3例にみられ、2例が後に腎機能障害を起こした。細菌性の二次感染症の報告例は無い。
3例がオセルタミビルで3〜5日間、疾病経過の終わりに治療された。観察下に置かれてから、全例が市中肺炎に対する広域抗菌薬の投与を受けた。4例はARDSの診断で、呼吸不全に対しステロイドの全身投与を受けた。
小児3例は発症後2〜4週後に死亡し、成人は発症後8日で死亡した。全例がRT−PCRによってH5N1の感染が確認され、3例からは組織培養でウイルスが分離され、3例ではウイルス抗原がIFAにより確認された。
表1.タイで報告された、検査により確定されたインフルエンザA(H5N1)症例の臨床像
患者番号・年齢・性別・
基礎疾患
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入院時症状および徴候
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続発した合併症
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初期の検査所見
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治療および転帰
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1.7歳・男
無し
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6日間持続する発熱、咳、咽喉痛;第6病日に呼吸困難出現;胸部レントゲンは両側性の間質浸潤影
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第10病日に呼吸不全;心不全、気胸、ARDS,消化管出血
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白血球数 4100,リンパ球数 1440,血小板数 304,000,AST 120,ALT 52
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オセルタミビル投与:
第18〜22病日
死亡:第29病日
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2.6歳・男
無し
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5日間持続する発熱、咳、鼻汁;第6病日に呼吸困難出現;胸部レントゲンは右側下肺野に斑状浸潤影
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第8病日に呼吸不全;肝炎、ARDS
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白血球数 1200,リンパ球数 624,血小板数89,000,
AST 790,ALT 150,タンパク尿3+
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オセルタミビル投与:
第18〜20病日
死亡:第20病日
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3.6歳・男
無し
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4日間持続する発熱、咳、鼻汁、咽喉痛;第5病日に呼吸困難出現;胸部レントゲンは多発性斑状浸潤影
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第6病日に呼吸不全;気胸、ARDS
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白血球数 2200,リンパ球数 638,血小板数150,000,
AST 175,ALT 43
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死亡:第18病日
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4.58歳・女
無し
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2日間持続する発熱、咳、咽喉痛、筋痛;第2病日に呼吸困難出現;胸部レントゲンは多発性斑状浸潤影
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第4病日に呼吸不全、心不全、腎不全、ARDS
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白血球数 5680,リンパ球数 454,血小板数185,000,
BUN 39,Cr 2.3
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死亡:第8病日
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5.6歳・男
無し
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4日間持続する発熱、咳、咽喉痛、筋痛;第5病日に呼吸困難出現;胸部レントゲンは多発性斑状浸潤影
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第5病日に呼吸不全;心不全、腎不全、ARDS
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白血球数 2900,リンパ球数 696,血小板数87,000,
AST 280,ALT 50,BUN 54,Cr 4.6
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オセルタミビル投与:
第5〜8病日
死亡:第8病日
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注:ARDS=急性呼吸促迫症候群,ALT=アラニンアミノトランスフェラーゼ,AST=アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ,
BUN=血液尿素窒素,Cr=クレアチニン
ベトナムとタイのインフルエンザA(H5N1)の暫定的疫学的情報
ベトナム
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2004年1月5日
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2003年10月中旬以来、ハノイの国立小児病院へ7例の死亡を含む11例の小児が重症非定型呼吸器疾患で入院したことを、WHOベトナム事務所からWPROへ報告
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2004年1月8日
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3農場でのA/H5ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザの集団発生をOIEへ報告。同日1ヒト症例からA/H5が確認され、5症例に関する実地調査で近隣での鶏の突然死と関連を認めた。
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2004年1月12日
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WHOのリファレンス研究所である、香港の政府ウイルス研究所で、3人の患者のインフルエンザA(H5N1)感染を確認
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2004年2月9日
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13の死亡例を含む18例の検査確定例を報告。発症日は11例について分かっており、2003年12月22日〜2004年1月13日に渡っている。家族内クラスターの調査結果は、ヒト−ヒト感染に関しての明らかな結論はもたらさなかった。
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タイ
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2004年1月23日
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タイ公衆衛生省は診断検査によるインフルエンザA(H5N1)感染確定例2例をWHOへ報告。同日にHPAI発生をOIEへも報告
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2004年2月9日
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タイは5例の検査確定例を報告。全例が死亡。発症日は2004年1月3日〜1月24日に渡る。ヒト−ヒト感染の報告は無い
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WHOの策定した報告のための、検査により確定されたインフルエンザA/H5ウイルス感染例の標準症例定義:
確定例:生きている者か、死亡した者で、診断検査が以下のひとつ以上を満たすもの
− インフルエンザA/H5ウイルス培養陽性
− インフルエンザA/H5に対するPCR陽性
− H5モノクローナル抗体を用いたIFA検査でH5抗原陽性
− H5特異的抗体の力価が、ペア血清で4倍以上の上昇
タイとベトナムの確定症例の性別、年齢分布はノンパラメトリック解析でほぼ同一。
・ 合計23症例、うち女性10例(43%)
・ 年齢の中央値13歳(平均16歳;4〜58歳)
・ 転帰が決定した20症例中18例が死亡
・ 発症から死亡までの日数は、12症例から有効な情報が得られているが、13日(平均13.5日;5〜31日)であった
暫定的結論
1997年の香港でのH5N1ヒト感染例と比較し、今回のアジアでの集団発生のウイルス株は、その抗原性が異なっていると報告されたが、重症で、数日間の間に呼吸不全や死亡へ進展する肺炎、発熱、咽頭痛、咳、リンパ球減少の初期症状、そして、肝機能の軽中等度障害、心腎の機能不全など、大まかに見て香港の場合と臨床上似ている。消化器症状は明らかでなかったところは異なる。
疾患が重症であることから、医療従事者の安全を考え、タイの公衆衛生省は入院患者に対して、可能な場合は空気感染対策をとることを推奨している。維持療法には、二次感染対策の広域抗菌薬投与も含まれる。暫定的研究結果ではあるが、現在流行しているH5N1型のウイルス株はアマンタジンとリマンタジンに耐性があることが示唆された。従って、できるだけ早期に、ノイラミニダーゼ阻害剤による治療が開始される必要がある。抗ウイルス薬のH5N1感染への効果や、無効あるいは効果が低下する臨床経過時点については不明である。イムノモデレーターの使用などに関しては、さらに病理・病態についての情報が必要である。院内感染対策、治療に関する最新の指針は、WHOあるいはCDCのウェブサイトで入手できる。
タイおよび周囲の国々における疫学情報は不完全なものではあるが、鳥類に疾病が報告されている地域で起こっていること、確定例をみると6〜7歳男児と特にリスク行動のある年齢群を見ている可能性があることなどが、指摘される。強力な公衆衛生学的対策の特定には、患者対象研究などが必要となる。
高病原性鳥インフルエンザのコントロールには、感染鳥群のサーベイランス、国際的指針に基づく積極的な患鳥の処分、処分に当たる人のPPEを利用した十分な防御、ヒト・インフルエンザとの混合感染を防ぎ、新型発生を避けるための家禽農場で働く人と殺処理者への今年のヒト・ワクチンの接種などが含まれる。
臨床医は、ヒトのインフルエンザA(H5N1)感染の臨床像と曝露の懸念に注意を払い、患者の早期発見と適切な管理、医療従事者の適切な防御をしなければならない。
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