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■ 高病原性鳥インフルエンザが疑われる患者に対する医療機関での対応

 

国立感染症研究所 感染症情報センター

 鶏等の動物での高病原性鳥インフルエンザ(highly pathogenic avian influenza以下HPAI)感染が多くのアジア地域の国々で確認された。現在のところ、ヴェトナムやタイではこのウイルスによるヒトの感染者および死亡者が報告されている。我が国ではHPAIによる鶏の集団感染が報告されており、現在のところ流行の拡大は報告されていない。しかしながら、感染源については調査が進められているが、いまだに不明であることから、我が国においても鶏等の動物での監視を十分に行うとともに、ヒトでの感染者の出現に最大限に注意を払う必要がある。ヒトでの感染例はこのウイルスに感染した鶏と濃厚な接触があった例が大部分を占めるが、鶏との接触歴のはっきりしない例も報告されており、鳥との接触歴のない場合であっても重症化したヒトのインフルエンザ感染症を監視の対象に入れる必要がある。
 現在、わが国ではヒトのインフルエンザが流行している時期であり、この時期に高病原性鳥インフルエンザがヒトに感染した場合にヒトのインフルエンザウイルスと鳥インフルエンザウイルスが遺伝子再集合を起こし、新型のインフルエンザウイルスが出現する可能性がある。そのため、早期にHPAIの感染者を検知し、拡大を防ぐことが、結果として新型ウイルス出現の可能性を減らすこととなる。このことは、我が国のみならず国際的な危機管理の観点からみても大変重要なことである。

I:準 備
 医療機関における基本的対策として、当該患者が受診する可能性のある各医療機関においては、医療従事者の標準予防策、飛沫感染予防策、接触感染予防策等の感染防御に関する十分なトレーニングを実施したうえで、診療に臨める体制を確保することが最も重要である。これらは、HPAIにおける対策のみならず、通常の呼吸器感染症に対する院内感染対策の基本とするべきものであるが、出来るだけ待合室等にマスクを常備し、速乾性の手指消毒薬および使い捨て紙タオル等を設置する。咳等の呼吸器症状を伴う患者には、マスクの装着、さらに手指等からの接触によるウイルスの感染拡大を防止するため、流水・石鹸による手洗いの実施を励行することが肝要である。
 診察室のドアの把手等、不特定多数が接する場所は定期的に(状況に応じて、例えば数時間に1回等)消毒することが望ましい。消毒薬は、インフルエンザウイルスが通常の消毒用エタノールや次亜塩素酸等の消毒薬で容易に失活すると考えられるためにこれらの薬品でよいと思われる。
 実際の診察に当たる医療スタッフにおいて、インフルエンザのワクチンを接種していないスタッフで、今シーズンまだインフルエンザに罹患していないものは、可能な限りインフルエンザワクチンを接種しておくことが望ましい。このワクチンによりHPAIの感染を予防できるわけではないが、流行しているヒトのインフルエンザの予防対策をすることにより、通常のヒト型インフルエンザの発症による診断上の混乱、両方のウイルスにヒトが感染し、新型ウイルスが出現する可能性を減らすことを主眼としている。

II:問診(トリアージ)
 診察前に書面等で呼吸器症状の有無を確認し、呼吸器症状のある患者には、
(1) 鶏や他の鳥、あるいは体液・排泄物などとの接触歴やそれに関連した職業歴
(2) 最近の海外渡航歴(鳥インフルエンザ流行地域への渡航歴の有無)および現地での鳥や体液、あるいはインフルエンザ症状を有する人との接触等
 について事前に確認することが望ましい。

III:診 察
 
特に最近、HPAIの感染が確認された地域に渡航し、現地の鳥(家禽、水禽)や体液・排泄物等との接触があった者や、国内でも鶏をはじめとする家禽や水禽等(特に健康状態に異常のある動物)やこれらの体液・排泄物等との接触歴を有する者などといった、HPAIが疑われる情報が得られた場合には、当該患者を診察・処置する医師、看護師等の医療従事者側もマスクや眼鏡着用等で飛沫感染の防御を実施し、インフルエンザ迅速診断キットの活用等、可能な限りの病原体検索を行うことが望ましい。
 また、診察前後は手洗い等の標準予防策を徹底する。

IV:検査の対象
 厚生労働省健康局結核感染症課長からの通知(平成16年2月2日:健感発第0202001号)に従い、下記の(1)(2)のいずれかに該当する接触歴を有し、発熱等のインフルエンザ様の症状がある者については、「四類感染症発生届」をもって速やかに最寄りの保健所に「疑い例」として提出する。保健所は、地方衛生研究所と協議の上、検査に必要な検体を確保し、インフルエンザに関するウイルス学的検査を実施する。実際には医療機関において、保健所に届け出を行う以前に、医療上および初期のスクリーニング等の目的によりインフルエンザ迅速診断キットを用いてA型インフルエンザ感染の有無を確認する可能性が高い(明らかにB型の感染であれば報告を行わない)。
(1) HPAIに感染している又はその疑いのある鳥(家禽、水禽)や体液・排泄物等との接触歴を有する者。
(2)HPAIが流行している地域へ旅行し、鳥(家禽、水禽)や体液・排泄物等との濃厚な接触歴を有する者。
 上記以外に、次のような場合にも管轄の保健所に連絡をとり、地方衛生研究所等でインフルエンザウイルスの詳細な検査を検討することが望ましい。
(3) 呼吸器系の基礎疾患のないものが、急速に進行する呼吸不全症状を呈し、酸素吸入や人工呼吸管理が必要な状態を呈する場合で、検査でインフルエンザ感染が確認され、この病態の原因がインフルエンザであると考えられる場合。
(4) 健常者であったものが死亡、または多臓器不全等の重篤な状態に陥り、その原因がインフルエンザであると考えられる場合
(5)施設等の入居者での重症又は死亡者の集積があった場合(例、同じ病棟でインフルエンザによる死亡者が1週間以内に複数あった場合。)
 なお、上記(3)〜(5)の場合、SARSコロナウイルスとの混合感染の可能性を完全には否定できない可能性があることから、SARS患者との接触やSARSコロナウイルスを含む検体の取り扱い等に関する問診や検査を行うことも検討する。
注)インフルエンザの迅速診断キットは特に発病初期等には偽陰性のこともありうるため、陰性であってもほかの病原体の感染が否定される場合には可能な限り再検査を行うことが望ましい(資料の項参照のこと)。

V:患者管理
 
HPAI感染が強く疑われる例については、原則として入院管理が望ましいと考えられるが、外来管理となる場合には、患者さんに十分に病気の説明をし、人への感染を防ぐためにマスクの着用や十分な手洗いの励行を指導するとともに、人混みに出たり、他の人との濃厚接触は可能な限り避けることを説明する。また、患者さん、医療機関双方の緊急時の連絡先なども確認しておき、相互に直ちに連絡できる体制を作っておく。また、患者さんには自分の体調についてよく注意を払ってもらい、少しでも異常に感じた場合などにはすぐに連絡を入れてもらえるようにする。医療機関が救急対応していない場合などで、別の病院を受診する場合には、前もって、救急隊や医療機関にHPAIが疑われていることを連絡してもらうようにすることも必ず行うよう徹底する。
 入院治療については個室管理を原則とする。現時点では、HPAIが効率的にヒト-ヒト感染するとは考えられてはいないことから、通常の個室管理を持って収容可能であると考えられるが、今後、効率的なヒト-ヒト感染が確認された場合には、陰圧室への隔離も検討される必要がある。治療上、当該患者との直接接触する医療従事者については、その人数を必要最小限に留め、治療にあたる医療関係者以外の入室を原則として禁じる。医療スタッフおよび病室に出入りをするものはすべて使い捨て手袋、マスク(医療用サージカルマスク以上)、眼鏡、使い捨てガウン等接触感染および飛沫感染予防の個人的防護策をとる。
 地方衛生研究所等で検査中のウイルスがA型であるにもかかわらずH1、H3のいずれでもないことが判明した時点で、入院患者に対応する医療スタッフ等の個人的防御策のレベルアップを行い、個人防護具(Personal Protective Equipment:以下、「PPE」という。)としてはゴーグル、N95かそれと同等レベルのマスクを装着することが望ましい。

VI:確定例の届出
 最終的に検体がH5等の亜型であるとしてHPAIが確認された場合には、「確定例」として、「感染症の基づく医師からの都道府県知事等への届出のための基準について」(平成15年11月5日 健医発 第1105006号)に基づき4類感染症として管轄の保健所に直ちに届け出る。



資料2:高病原性鳥インフルエンザのヒトでの感染

 高病原性鳥インフルエンザのヒトでの感染については限られたデータしかないが、現在までの知見は以下の通りである。(新たなデータの蓄積により更新される可能性がある。)

感染経路:現在までのところ、感染した鶏等と一緒に暮らしている等の濃厚接触者がほとんどである。しかしながら、鳥との接触歴のはっきりしない例も報告されており、効率は悪いもののヒトーヒト感染もありうると考えられている。その場合は飛沫感染と接触感染の両方が考えられる。

潜伏期間:通常のヒトのインフルエンザの場合は1-3日間程度であり、鶏での高病原性鳥インフルエンザの感染は3-7日間と考えられる。ヴェトナムの例での鳥の接触から推定するとヒトでの高病原性鳥インフルエンザ感染の潜伏期間は3-4日程度という報告もある。また、感染性のある時期については発病前日から最大発病後7日間程度と考えられるが、重症例においては更にのびる可能性がある。

臨床症状:現在までのところ高病原性鳥インフルエンザのヒト感染時の初期症状としては通常のインフルエンザと同じように発熱、咽頭痛、咳等の呼吸器症状、全身倦怠感等が主要な症状であると考えられる。1997年の香港や2003-04年のヴェトナム等では高病原性鳥インフルエンザのヒト感染事例において急速な呼吸不全や全身症状の悪化、多臓器不全の合併が報告されている。また、2003年のオランダでの事例では結膜炎症状も多く観察されている。

検査:高病原性鳥インフルエンザは基本的にA型インフルエンザであり、通常のインフルエンザの迅速診断キットで検出可能であると考えられる。しかしながら、感度はもともと70-90%であり、感染していても陰性である場合がある。迅速診断キットによってA型インフルエンザが陰性であっても他の感染症に関する所見がはっきりしない場合、または臨床経過、疫学的関連性により高病原性鳥インフルエンザが強く疑われる場合には、出来るだけ再検することが推奨される。

治療:A型インフルエンザに有効な薬剤であれば高病原性鳥インフルエンザへの効果があると考えられるが、今回分離されているH5ウイルスの中にはアマンタジンに耐性のあったウイルスとの相同性が指摘されているものもあり、アマンタジンに耐性である可能性が否定できない。現在のところ、ノイラミニダーゼ阻害剤は、高病原性鳥インフルエンザに対して実験室レベルでは有効であると考えられる。

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(2004/2/10 掲載)